オマエハダレダ

オマエハダレダ

 

嘘をついた。その嘘は、小さな嘘だった。ほんのイタズラ心についた嘘だった。

 

そして、いまだにわからないことが一つだけある。

 

“あいつ”は誰だったんだ。

 

「昨日のあれ見た? 世にも奇妙な」

「見た見た! 怖かったよねー。でも本当にあった怖い話の方が私は怖かったよ」

「あー、あの車の事故のやつとか、救急車のやつとかヤバかったよね」

「救急車のはやばかった! もうサイレン聞けなくなるよね。聞いたらあいつが出てきそうで怖いもん」

「久々に怖かった」

 

口々に昨日のホラー番組の感想を言い合っている。夏になってくるとなんとなく多くなってくるホラー番組は、もはや風物詩と言ってもいいほどに浸透している。僕は番組でやっているようなホラー体験なんてあるわけないと思っているし、そもそも幽霊なんて今まで見えたことないから、にわかに信じられない。でも、こうやって周りのみんなとあれがどうだったとかの感想を聞くのはすごく楽しい。人はどんな時に怖いって思うのかが、少し見えるからだ。そうしたら、怖い話の1つや2つ、簡単にできるんじゃないかと思っている。この時期は、何かと怖い話が上手いやつは注目される。誰の話が一番怖かったかなどを決めるくらいうちの中学校の生徒は、怖い話を怖い怖いと言いながらも好んで聞いていた。怖いもの見たさというか、怖いもの聞きたさ? というところか。

 

ある日の昼休み。

「ねね! 明日さ、やらない? 毎年恒例のやつ」

「おー! 待ってましたその一言!」

「いいね。今年もやろやろ!」

「場所は大嶽神社?」

「うん! 時間は夜の8時ね。もちろん、みんな考えてあるよね?」

「そろそろだなーって思ってから準備してるよー」

「今年はとんでもないやつ考えたからみんな泣くなよ?」

「あんたそれ小学校の頃から言ってるけど、毎年全然怖くないじゃん」

「確かに! リキトの話は毎年つまんねーもんな」

「今年はやばいけん! 見とけよ! ビビんなよ!」

「いや見とけよじゃなくて、聞いとけよ、でしょそこは」

「確かに!」

「ハルキ! 確かに確かにうるせーよ!」

「あ、確かに」

確かに、あれはハルキの口癖だな。……あ。

「どうしよう、まだ全然考えてなかった……」

ユウコは毎年、感動のできる怖い話を考えてくる。が、今年は受験生ということもあるせいか、小学校から続いているこの遊びを忘れていたのか。真面目だ。

「大丈夫よ、まだ明日の8時まで時間あるから、それまでに考えておけば問題ないから」

「うん、頑張る」

「今年も期待してるからね!」

「もー、ハードル上げないでよー」

「あはは! みんな、分かってるとは思うけど、別に絶対怖くないとだめってことじゃないからね。不思議な話とか、幽霊との感動的な話とかでも大丈夫だから」

「おっけー!!」

もうみんな何年も続けているので要領やどんな話がウケるかは、なんとなく分かっていた。だから、みんなそれを上回る話を考えることに必死だ。

「んじゃあ、今日はみんなよろしくー!」

そう言い終わると、小走りで教壇から自分の席に戻ったアスカは、明日のことを考えているのだろう、ワクワクした笑顔でノートを開いた。

「明日か―」

「なに? テッペイも考えてなかったわけ? あんたはちゃんと考えとかないとだめでしょ。実行委員なんだから」

「勝手に入れたのはアスカだ。誰も入りますなんて言ってねーよ」

「バカね。大嶽神社の若神主が何言ってんのよ」

「あれは手伝いだ。神社の仕事なんてやりたくてやってんじゃねーよ、バカが」

「あんたは本当に白状ね。ウチのおじいちゃんがいなかったらテッペイは一人ぼっちだったのよ」

 

うちの家、というより、アスカの家には両親はいない。アスカの母さんはファッションデザイナーでパリに、父さんはアメリカに転勤という感じで日本にいない。アスカの父さんも母さんも毎年ちょこちょこ帰ってきているし、正月や、アスカの誕生日などの祝い事には必ず帰ってくるいい両親だ。羨ましい。

それにひきかえ、うちの両親はほったらかしもいいとこだ。母さんは、キャビンアテンダントでいろんなとこに飛び回り、父さんなんか全世界で写真を撮りまくっている。それも普通の風景写真だけじゃなく、心霊写真も。まあこれは趣味らしいが悪趣味すぎるだろ。俺が変態と言われるのはこの父さんの悪趣味な血が混じっているからに違いないだろう。

 

小学校5年生のときに両親が海外に行くことになり、向かいに住んでたアスカの家に引き取られた。アスカのじいちゃんは俺を本当の孫のようにアスカと分け隔てなく接してくれた。厳しくも明るくてユーモアがあって、この町で人気の神主だ。ちゃんと感謝してる。

 

「別に頼んでねーし、一人でも生きていけるわ!」

「カッコつけてばっかね、思春期か!」

「悪いか! 思春期で悪いか!」

「すかしてんじゃないわよ。そういう態度取ってもカッコいいのはイケメンに限るのよ。あんたがすかしてカッコつけて、けっ、世界は理不尽だぜ! なんて言ったってね、ダサいのよ。ナルシストみたいでキモいし。そもそもテッペイ子供っぽいし」

きも……い? おれが?

「アスカ、痴話喧嘩もいいけど、今のはわりと思春期の男の子には堪える言葉だったと思うよ」

え? 俺って、ダサくてきもかったの?

「あーほら、テッペイ君めちゃくちゃへこんでんじゃん!」

「大丈夫よ。すぐ調子に乗るんだからちょっとはガツンと言っておかないと止まんなくなっちゃうから」

「「扱い慣れてる……」」

「ユウコもあんまりテッペイを甘やかしちゃだめよ? こいつ止まんなくなるから」

「べ、別に甘やかしたりなんか……!」

「おーいテッペイ。次の授業の体育、お前先生に手伝い頼まれてたろう? 行かなくていいのか?」

「はっ! 忘れてた!!」

「早くいかねーとまた怒られるぞー」

「サンキュー、ショウタロウ!」

「おー」

俺は体操服に着替え、

「ちょっと!! 女の子の前で普通に着替えるな!!」

「いたっ! 殴るなよアスカ! 一大事なんだよこっちは!」

「あんたがちんたらしてるのが悪いんでしょ!」

「テッペイ君、着替えるなら早く服きてー!」

「あんたユウコを困らせてんじゃないわよ!」

「あーもう、すぐ着るから!」

「ほら着替えたらさっさと行く!」

「分かってるって!」

俺はなぜかアスカに叩かれながら教室を後にし、体育館にダッシュした。

 

 

「結局怒られたな」

「ショウタロウ、だまれ。リキトもなに笑ってんだよ。そんなに人が怒られるのが面白いか」

「まあ、少なくともいつも人の怖い話をニヤニヤしながら盗み聞きする変態が怒られるてるの見るのはおもしれーよな」

「あはは! 確かに!」

「お前ら質が悪いな……」

「コラそこの4人! ちゃんとやれー」

「「「「はーい」」」」

「なあ、みんなどんな話しする?」

「教えるわけねーだろバカか」

「確かに」

「俺は今年も幽霊系の話するかな」

「ショウタロウはそれが得意だもんな」

「鉄板ネタがあるっていいよなー」

「あれ? テッペイ考えてねーの? 珍しいな」

「ん? あー、何個か考えちゃいるけど、どれもイマイチで怖くねーんだよな」

「んじゃあ、今年の優勝はもらったな!」

「リキトの話じゃ無理だろう。」

「ははは! 確かに! 確かに!!」

「ハルキ、てめーなんで二回も言うんだよ!」

「まあ、どちらにしてもテッペイがスランプなら俺も今度こそ優勝できるかもな」

「お前らに負けるとか絶対嫌だから、死んでも怖いやつ考えてやる!」

「死んだら怖い思いをしそうにないと思うんだが?」

「確かに……」

「いいんだよ、今のは例えだから。そういうところを刺してくるな」

「ま、楽しみにしてるぜ、2連覇さんの話をよ」

 

 

「はあー、今日も学校疲れたー」

「ちょっとテッペイ!」

「分かってるよ」

俺はリビングの大きなソファーから身体を起こした。起こしたくはないのだが。キッチンに向かい、夕飯の準備に取り掛かる。とりあえず、俺は米を炊くことしかできないのでそれに専念する。アスカはこの家の家事全般をこなしている。炊事・洗濯・掃除、その上、うちの神社の巫女仕事までこなして、勉強にも抜かりはない。化けもんだ。

「今日おじいちゃん神主さんたちの集まりで帰り遅くなるって」

「あ、じゃあ、じいちゃんの分いらない?」

「うん。ご飯食べてくるって言ってたから。たぶんお酒も飲んでくると思う」

「思うっていうか、絶対だな。またベロベロに酔ったじいさん相手するのはしんどい……」

「あはは、そうだね。あ、テッペイさ、明日の話、まだ考えてないの?」

「んー。あんまり怖くないんだよなー、考えてるやつ。なんか、毎日が平和すぎて、そういうの考えるの難しくなってるのかも」

「なにそれ。平和でいいじゃないの。じゃないとこんなバカみたいな企画できないわよ」

「正論すぎて何も言い返せませんよ」

「じゃあ、今年の優勝は私ね!」

「それは癪だから絶対阻止する」

「なんでよ!」

「絶対しばらくの間は、俺に勝ったことをネタにされるのが目に見える!」

「それはするでしょ」

「あっさり認めやがったな……」

「連覇してる変態を陥落させるのって、絶対気持ちいいと思うもの!」

「変態言うな!! ん?」

 

【次のニュースです。昨日、小竹市南区で女性一人が殺害される事件がありました。女性は同じ南区に住む大学生、平理恵さん21歳です。平さんは首元を刃物のようなもので切られ、また頭部には鈍器で殴られた形跡があり、左手の薬指が切断されている状態で発見されました。警察は、先週から続いている殺人事件と似た犯行のため、同一人物の犯行も視野に入れ調査を進め、男の行方を追っています……】

 

「またか」

「怖いよね。早く捕まらないかな」

「まあ小竹市はここから離れてるし、こんなド田舎に来ないだろ。この殺人事件、小竹市だけで起きてるし」

「そうだね。早く捕まってしまえー……」

「念じても一緒だろ」

「しないよりマシよ」

「そんなもんかねー」

 

先週から続いている連続殺人事件。殺された人は全員学生という共通点以外、無関係ということだから、学生を通り魔的に、無差別に殺しているんだろう。事件が起こり続けている小竹市では全校で集団下校が行われている。目撃者もいるらしく、30代くらいの細身の男で、身長はかなり高い。おそらく180cmはあるのだろう。首を切って、頭を殴る。反対もあるが、どちらにしてもスッパリ一撃で切れる刃物と金属バットのような軽くて振りやすい武器を持っているんだろう。物好きがいたものだ。あれ? なんか俺、探偵っぽい?

 

「なにニヤニヤしてんのよ。不謹慎にもほどがあるでしょ。いくらあんたが怖い話の変態でもそれはさすがに引くわよ」

「い、いや、なんでもないし! あと変態って言うな!」

 

次の日の放課後。第5回怖い話選手権が始まるこの日、一旦みんなは家に帰宅後、ご飯や風呂を済ませ、部活があるやつは、部活終わりに直接うちの大嶽神社の境内に集まる。この選手権が行われる間、大嶽神社の神主であるじいちゃんが俺たちの面倒を見るので、友達の親たちも夜に子供が出かけるなんて! という心配で行かせられないということはない。帰りは俺とアスカとじいちゃんでみんなを家まで送り、3人で散歩しながら家に帰る、というのが毎年の流れだ

 

この大会は、俺が一人になったことを気にかけてくれたアスカとじいちゃんが、俺の好きなことができる日を作ろうという、なんとも感謝しきれないほどに嬉しい提案で生まれた。

俺が興味あったことが、父さんの血を受け継いだオカルトや、サバイバルゲームなどのグロテスクなものだったので、肝試しも兼ねて、怖い話大会をしようというのが始まりだ。

しかし、3人じゃすぐ終わってしまうので、アスカがクラスのみんなも誘ったことで、毎年夏に田舎の中学生で行われる恒例行事となった。

最初は6人とかの少数だったが、徐々に増えていき今年の参加は過去最高の34人。おかげで最近は賑やかで楽しく終われているし、俺が3年連続で優勝するもんだから、テッペイを陥落させてやろうとみんな意気込んでやってくる。みんなには悪いけど、今年も俺が優勝させてもらう。

 

「みんな集まったわね! 毎年増えてるからあと3年もしたら百物語とかできそうね!」

「来年からは俺らは高校生だから、アキ姉とかヒロ兄みたいな暇人以外は来れなくなるから、開催されるかも分かんねーぞ」

「「誰が暇人じゃコラ!! おいテッペイ! こっち見ろや!」」

「はいはい、アキ姉ちゃんとヒロミチ兄ちゃんも来てくれてありがと! 年長者の話、期待してるね!」

「とっておきの持ってきたから、任せておいて!」

「俺も高校で仕入れた話をミックスした、最強のやつ持ってきたから、チューボーども、ちびんなよ」

「ふん、逆にちびらせてやるよ、ヒロ兄」

「んだとこら」

「はいはい、それはみんなが決めるから、そこらへんにして」

「ルールは、いつものでいいのか?」

「そうね。初めての人もいるから、簡単に説明するね。まず、一番話が面白かった人が優勝ね。お話しというのは、基本的に“オカルト”や“ホラー要素”が入っていればなんでもいいです。そして、1人が話し終わった直後に、後で配る紙に10段階で点数評価を付けてもらいます。で、最後の人の評価を付け終わった段階で集計になります。合計点数が一番高い人が優勝! こんな感じかな。難しくないでしょ?」

 

アスカの説明でみんながだいたいのルールを把握したと思われるので、俺は、さっきアスカの説明にあった点数を書くための紙をみんなに配る。

 

「みんな行き渡ったわね。じゃあ、始めましょうか! それでは若神主、始まりのコールを!」

 

これが一番面倒で、恥ずかしいから毎年やりたくないって言ってるのにこの女は……!!

 

「はい、じゃあ、【テッペイの3連覇を阻止せよ! 第5回大嶽神社怖い話選手権大会】、スタート!! 悪意があるだろこれ!!」

 

毎年このタイトルコールはアスカが考える。

「変りもしない普通のタイトルコールなんてつまんないじゃない」

その一言で、俺は言わされる直前まで何が書いてあるか分からない。にしても、そんなに悔しいなら点数低くかけばいいのに。

みんな、素直で正直だから、怖いものには怖い、面白いものには面白い評価をちゃんとくれる。いい人たちだ。だからこそ、今回も優勝は俺がいただくけどね。

 

みんなが大きな円を作り、その真ん中に鉛筆を立てる。倒れた鉛筆の芯の先にいる人から話し始める。今回は、アスカからだ。てことは、時計回りで話し手を回していくから、トリは俺か。

「おっけー! じゃあ、話すね。 これは、昔から続く言い伝えの話なんだけどね……」

アスカが話し始めた。今年の怖い話大会が始まった。みんなそれなりに怖い話だったり、感動できるものだったり、不思議体験を話していく。

 

半分を超えたくらいで、回ってきたのはショウタロウ。今回、これまで一番怖かったのは意外にもハルキの話だった。まあ、ここら辺は第1回からいるので、だいぶ上達したのだろう。ショウタロウが話し始めて、そろそろクライマックスというところで、俺の後ろの草が生い茂ったところから微かに“カサカサ”と音がした。

 

ここはド田舎だし、イノシシやシカなんかは普通に現れる。後ろにいるのもおそらく動物だろう。

 

しかし、様子がおかしい。ショウタロウの話が終わって、次のやつが話し始めても、草むらから視線を感じる。いつもの動物ならば、こんな視線は感じないし、視線が少しきついというか、なんだかすごく凝視している感じがする。

ショウタロウの次のやつも話し終わり、アスカが、

 

「はい、じゃあ、一旦ここで休憩を取りましょう」

 

休憩タイムに入り、俺は草むらの方を向く。そして、少しづつ近づいていき、草むらをのぞき込んでみた。

が、そこには誰もおらず。視線も、もう感じなくなっていた。気のせいか。

休憩が終わり、再開された怖い話大会も、いよいよ俺の番だけになった。準備していた話があったが、さっきの気のせいに感じたことを話すとしよう。

 

「さっきさ、ショウタロウが話してるときに気付いたんだけどさ、俺の後ろから、カサカサって音がしたんよ。まあ、いつもの猪とか鹿やろうなーって思いよったんやけどさ、アンナが話し始めても、そこから視線をずっと感じるんよ。なんか、凝視してるというか、狙われてるような視線を。で、さっきの休憩タイムに恐る恐る見に行ってみたんだけど、そこにはもう何もいなかったんよ。そこから視線も感じなくなって」

「え、今は?」

「今も感じない。でも、もしかしたら、まだそいつは近くにいて、俺らを狙ってるのかもね」

「何のために」

「もちろん、殺して、指をコレクションするためにやろ。あの学生連続殺人の犯人みたいに。だから、次に狙われるのは、この中の女子かもね。……気を付けて帰りなよ」

 

我ながら怖い話だと思う。幽霊や妖怪ではなく、現実の、しかも現在実際に起こっている事件を、さっきの不思議体験とミックスさせた話。作り話とはいえ、リアルがゆえに怖い。いやー、これは優勝もらったわ。

 

「うわーやられたー! まさかここまでリアルに寄せてくるなんてな」

「あー、俺もこれが一番怖かったな」

「そうだろうそうだろう。テイストをいつもと変えてみてよかったよ」

「ねえ、テッペイ君。その話、嘘だよね?」

「ん? なにが?」

「いや、その、連続殺人の犯人がここにいるっていうの」

「噓に決まってんじゃん。こんなド田舎に物好き殺人犯が何しに来るのって話よ。第一、事件が起きた小竹市はここからかなり離れてる。昨日の今日でここに来るとか、考えづらいでしょ」

「そう、だよね」

「そうそう、これは作り話なんだから、全部信じたら身が持たんよ」

「うん、そうだね! もう気にしない! あー怖かった……」

「じゃあ集計しまーす!」

 

ユウコの不安が拭えたところで、アスカが集計タイムに入る掛け声をかける。

集計が終わり、発表が始まる。順位は、3位、2位、1位の順番に発表される。

「まずは、第3位から! 第3位は……、ハルキ!!」

おー、ハルキの話怖かったもんな。腕上げたな。「確かに」しか言えんやつだと思ってたが。

「続いて第2位は……、アキ姉ちゃん!!」

「まじかー! また準優勝かー!」

アキ姉は去年も準優勝だった。正直、めっちゃ話すのが上手いから、普通の怖い話も、めちゃくちゃ怖く感じる。いつか優勝するとしたらアキ姉だろうな。ということは……。

「そして、今回の優勝は……3連覇おめでとう! テッペイ!!」

「くそ、また負けた!」

「あの話は反則だろ!」

「ひひひ、言ってろ言ってろ」

「むかつくなー」

「次こそは陥落させてやる」

みんな悔しそうに俺の優勝にケチをつける。ざまあみやがれ。そうやって、みんなの話の感想をあらかた言い合ったところで、

「はい! 今回も集まってくれてありがとうございました!」

「それじゃあ、みんな、帰るぞー」

おじいちゃんも家から出て来て、みんながひとまとまりになって集団帰宅という名の散歩が始まる。みんなでワイワイしながらこうやって歩くのが、俺は案外好きだったりする。みんなと楽しく過ごすこの時間が、いつまでも続くと、そう思っていた。

 

次の日の朝、ユウコが学校を休んだ。

なぜ学校に来なかったかは、帰りのホームルームで分かった。

「お前らに話すことがある。ユウコのことなんだが、今朝、ユウコは登校しに家をちゃんと出たらしい。ユウコの家に連絡してそれが分かった。今、警察にも捜索願を出して探してもらっている。すぐに見つかるとは思うが、一応念のために、今日からしばらくの間は集団下校にする」

 

ユウコが、いなくなった。学校をサボる子じゃない。すごく真面目で、気が弱くて、でもすごく優しい。

そんなユウコが、突然消えた。そして、すごく嫌な予感がする。

 

「ねえ、テッペイ。ユウコのことだけど」

「大丈夫じゃねーの? 意外とふわふわしたところもあるから、ウリ坊でも見つけて可愛すぎて学校行くの忘れてるんじゃねーの?」

「ちゃんと答えてよ! ホームルームからずっと顔が怖いよ。ねえ、何か思い当たることがあるの? 教えてよ」

「いや、俺も分かんないって。でも、昨日の俺の話が、もし本当だったら、って考えると、なんか、怖くて」

「連続殺人犯のこと?」

「うん。こんな遠くて田舎なとこに来るわけないって思ってたけど、正直可能性はゼロじゃないなって」

「……」

「もしかしたら、昨日俺が感じた視線って……」

「え? でもあれ、作り話だったんじゃ?」

「草むらから物音がしたのは本当だよ。あれ以上ユウコを怖がらせたくなかったから、全部嘘だったみたいに話したけど、そこは、本当にあったこと」

「なんでホームルームのときに先生に言わなかったの!?」

「だって、草むらにいた何かが、そいつだって確証なかったから」

「もう! ばか! とりあえず、学校に電話してみる!」

「うん」

アスカが学校に電話して、俺がさっき話したことを伝えている間、俺は昨日、視線を感じたあの草むらに向かった。

草むらの中に入ると、やはりそこには誰もいなかった。

 

「まあ、いるわけないか……、ん?」

 

緑一色の草むらの中に、白っぽい何かが目に入った。

 

「……っひ!!」

 

指。

 

心拍数が跳ね上がる。人は本当に恐怖を感じると声が出ないなんてことを考える余裕は、今ない。全身の血管に氷が流れているような冷たさ、寒気を感じ、震えが一気に襲ってきた。

すると吐き気も襲ってくる。次々といろんなものが押し寄せて俺の目の前にあるこの光景が現実であることを知らせてくる。

 

なんでこんなものがここに落ちているのか、そもそもこれが指であるということを理解するのに時間はかからなかった。

 

「あ、あいつだ……」

 

じいちゃんにこのこと報告しなくちゃ、と思う気持ちとは裏腹に、身体が動かない。

ショックで腰が抜けた。どうにか動こうとするが、身体は言うことを聞かない。もがいているとアスカが俺を探しに来た。

 

「テッペイ? 何してるの?」

「く、来るなっ!!!」

「え!?」

「じいちゃん呼んできて」

「ん、なに? どうしたの?」

「いいからっ!! 早く!!」

「う、うん、分かった!」

落ち着け。落ち着け俺! 怖いものとかグロテスクなものは腐るほど見てきただろう。

これがまだユウコのものとは限らない。大丈夫だ。まだ、大丈夫だ。大丈夫、大丈夫。

 

そう自分に言い聞かせながら深呼吸を何回もした。そうやって無理やり自分の心を落ち着かせることしか今の俺にはできない。いや、結局落ち着かせることはできていない。心拍数は上がりっぱなし。震えも治まらない。くそ。

「どうしたー! テッペイ!」

じいちゃんが走ってくる。俺は事情をすべて話した。じいちゃんはすぐに警察に電話した。アスカはショックで過呼吸になっていた。指を見たわけではないが、その指がユウコのだと思うとパニックを起こした。

 

「まだユウコが襲われたって決まったわけじゃないだろ!」

「ユウコ……ユウコ……」

 

泣きたいのは俺も同じだ。でもここで俺まで泣いてしまったら、どうしようもなくなってしまう。

 

「アスカ、大丈夫だから。ユウコは大丈夫だから、心配すんな」

「うん……ユウコ……ユウコぉ……」

 

俺がしっかりしないと。

ほどなくして警察が到着した。昨日の夜に感じた視線のことから見つけた指のこと、ユウコのこと、知っていることを全部話した。

 

警察が帰ったときには、もう完全に陽が落ち、あたりは真っ暗になっていた。

 

「もし、あいつだとしたら……」

 

なぜそんなことを考え始めたのかは分からない。

……いや、分かっていた。見つけ出そうとしていた。ユウコを。

自分の中で後悔があった。どうしようもないことだけど、俺があの話をしなければ、ユウコにちゃんと気を付けるように言っておけば、あの視線を感じていたときに草むらの中に確認していれば。どうなっていたかなんて分からないし、起きたことがナシになるわけじゃないことも分かっているし、俺一人が責任を感じることではないことも承知している。でも、そう思ってしまうんだ、どうしても。居ても立っても居られないんだ。

だから、ユウコを探しに行く。

 

リビングに行くと、じいちゃんの膝の上で泣きつかれたのか、静かな寝息を立てているアスカがいた。じいちゃんも慣れない警察との長い事情徴収で疲れたんだろう、首が落ちていた

ここで俺が何も言わずに出ていったら二人はかなり心配するだろうな。パニックを起こすかもしれない。アスカは特に、また過呼吸を起こすかもしれない。

「置手紙していっても、心配するよな」

でも、気持ちが焦らせる。今こうしている間にも、ユウコがひどい目に合おうとしているかもしれない。今行けば、ユウコは無事に帰って来られるかもしれない。そんなどこにも確証のない妄想が止まらず、もともと無いはずの行動力を掻き立てる。

 

「心配させると思うけどごめんね。でも、ここでユウコを探しに行かないと、俺、一生後悔することになると思う」

 

自分の気持ちを綴った手紙をテーブルの上に置き、俺は家を出た。

 

「首を掻っ切るナイフ、頭を叩き潰す鈍器は持ってるだろうな」

刺されても、殴られても勢いを吸収するために、真夏にも関わらずダウンジャケットを二枚着た。もちろん腹回りにはジャンプを巻き付けてある。頭殴られても一撃でやられないようにヘルメットも被った。振ったこともない金属バットに、ありったけの投げやすい石もポッケトに入れた。準備は整った。

 

「はたから見ると、俺が不審者だな。てか暑い!」

 

別に行く当てがあるわけじゃない。正直言うと、もし本当に“あいつ”なら一夜で遠方のここまで来たんだから、最悪、この町にはいない可能性だってある。もっと根本を言えば、中学3年生の俺が一人で立ち向かっても勝てるわけない。テレビでは細身だけど30代の男って言ってたし。スポーツ系の部活に入って身体を鍛えたわけじゃない俺が大人に太刀打ちできるわけない。しかも、向こうは武器を持っている。普通に考えたら分かることだ。

 

「いかんいかん! んなこと考えたら足がすくむ! 交戦したときのことは考えるな! まずは、あいつがまだいたとするなら、行きそうな場所を考えろ!」

 

あいつは人気がいないところで犯行を起こしている。当たり前だバカ。誰が人通りの激しいところで人を刺したりするか! いや、するやつもいるか。そいつはなぜそう考えたんだ。そんなの一発で見つかって捕まることが分かっている。捕まってでも殺したかった。殺すことが目的、てことか。もしくは、殺すことによって何かを発散させようとしたり、もう自分の人生なんてどうでもよくなったりすれば、捕まろうが何されようが関係ないのか。カッとなって殺してしまった場合も、人前で殺してしまう可能性があるけど、あいつは間違いなくそのタイプではないな。と、なると、捕まりたくない、見つかりたくないって心情が少なからずあるはず。当たり前だけど。

 

【-鈍器で殴られた形跡があり、左手の薬指が切断されていることから-】

 

指……。

そうだ、指だ。本当に集めてんだ。若い女の薬指を。

でもなんで薬指? 

 

「おい、そこで何している」

「!!!??」

「テッペイ?」

「ショウタロウ!? リキト、ハルキ!?」

「お前こんなところで何してんだ、ていうか、なんだその恰好?」

「お前不審者じゃねーかよ!」

「ははは! 確かに!」

「う、うるさい! お前らこそ何してんだよ」

「隠すなよ。ユウコちゃん探しに来てんだろ? 俺らも同じ」

「え?」

「あの真面目なユウコちゃんが親に内緒で学校休んで、どっか行くなんてこと、考えられねーもん」

「うん、確かに」

「テッペイ、その恰好に金属バットって、お前何かと戦いに行くみたいな感じだけど、何か知ってんのか?」

「い、いや……」

「教えろよ! 名に隠してんだ!」

「待てよリキト! ……テッペイ、ユウコちゃんに何かあったのか? 何か危ないこととか」

「……まだ、分からない」

「……何かあったんだな」

「俺らも協力するから教えてくれよ! みんなで考えりゃあ、何か分かるかもしれねーだろ!」

「確かに」

「話せないことなのか?」

「……ショックを受けると思う」

「……まさかとは思うが、」

「いや!! まだ死んでない!! と、思いたい……。」

「どういうことだよ」

「昨日、怖い話大会でした俺の話覚えてる?」

「ああ」

「草むらから物音がしたって言ったよな。あそこに……指が、落ちてた」

「「……え?」」

「お前が話した内容が、本当に起こった、かもしれないって、思ってんだな」

「……うん。あんな話、するんじゃなかった……。もともと用意してた話にしておけば、」

「テッペイ、それは関係ないと」

「言霊ってあるじゃないか!!」

「自分を無理に責めるな!! 第一、まだお前が話した内容の通りになっているとは限らない!」

「でも」

「俺らがついてる! 一人じゃない!!」

「そ、そうだぜ! 指がどうした! 俺の父ちゃんも小指無いんだぜ! もしかしたらテッペイが見た指は父ちゃんのかもしれねーよ!」

「あ、確かに!」

「んなわけねーだろ」

「……だよな」

「確かに……」

「でも、ありがとう。みんながいてくれるってだけで、だいぶ気持ちが違う。」

「それならよかった。アスカちゃんはそのこと知ってるのか?」

「うん。でもユウコのだ、って思い込んじゃって、パニック起こして過呼吸になった」

「……そうか」

「でも今はじいちゃんと疲れたのか寝てるよ。一応、このことは警察にも話してある。事情徴収されたから、知ってることは伝えてある」

「でも、居ても立ってもいられなくなったと」

「うん」

「よし! 事情は分かった。それで、テッペイはどう考えてるんだ?」

「俺は、あの指が薬指だったんじゃないかって思う。だとすると、今事件になってる犯人がこの町に来てて、俺らが怖い話大会をしていたあの場所にいた」

「お前が話した筋書きと同じってわけか」

「うん。多分その日に襲いたかったんだろうけど、みんなで家まで迎ってたから手が出せなかったんだ」

「だから、朝方だけれども一人になるかもしれない登校時間に犯行に及んだと」

「じゃあなんでユウコちゃんだったんだー? 昨日はユウコちゃん以外にも女の子はたくさんいたのに」

「確かに……」

「たしか、ニュースだと、殺人があった場所は、どこも人通りの少ない路地裏だったはず」

「なるほど。あの後、ずっと俺らの後をつけてたとしたら」

「そう、ユウコの通学路は路地裏だから人通りが少ないと思ったんだ」

「田舎だから朝から活発に動くような人は少ないもんな。じいさんばあさんたちは、基本昼からしか外でねーもん」

「指を切り落としているっていうとこも不自然だよな」

「それは俺も思ってた。しかも薬指ばっかり」

「左手、だったよな、薬指」

「うん、それがどうかしたの?」

「結婚指輪をはめる指だ」

「「「あっ!! 確かに」」」

「全員で言ったな……」

「でも確かにそうだよ! え? てことは、うん? どういうことだ?」

「俺も分かんねーぜ……」

「僕分かるかも」

「「「ハルキ!!?」」」

「え?」

「あ、いや、ハルキが日常生活、というか、普段自分から話すことないから」

「うん、確かに、しか言わないやつと思ってたから」

「確かに、って言っておけばとりあえず会話成立するから楽なんだよ。考えなくていいから」

「ハルキ、珍しくしゃべったと思ったら、お前最低だな」

「俺らを見下してたんだなコノ! なめやがって!」

「いやいや、君らこそ僕が 確かに! しか言わないやつだなんて失礼なこと言ったじゃんか。おあいこだよ」

「ちょっとちょっと、ストップ! ハルキのことはこれが解決してから聞こうよ。何か理由があるんだろうし。ハルキ、続きをお願い」

「あ、うん。結婚指輪をはめる指を落とすってことは、何かしらの原因で女性に対して恨み、或いはそれに近いコンプレックスがあるんだと思う」

「それ、詳しく言える? 全然分かんないんだけど」

「例えばさ、ストーカーが好きな子に告白して、振られたとするじゃん? で、見事にストーキングを開始するわけだけど、気持ちが強いと殺しちゃうような事件にもなる」

「「「ふんふん」」」

「となると、ここで気になるのが、なぜ殺したか」

「「「うん」」」

「おそらく、ストーカーは、殺すことによって、その人を自分の中で永遠のものにしようと考えたんだと思う。もちろん、恨みもあるだろうけど」

「ストップ!! 分からない。殺したら永遠のものになるってのが分からない」

「そんなもん、僕も分からないよ。頭がおかしいとしか言えない。ただ、そういう思想を持つ人が多いんじゃないかって。犯罪心理学の本に書いてあった」

「どんな本読んでんだよ」

「そして、本題だけど、ユウコちゃんって、髪長いよね」

「うん」

「身長も149cmでかなり小さいよね」

149cmかは知らねーけど、小さいな」

「顔はたれ目で、おっとりしてそうだよね」

「そうだな」

「そして、おっぱいも大きい」

「「「確かに! っておい!!」」」

「まじめにやれ!」

「まじめだよ。これ、殺された女性の特徴にかなり当てはまってる」

「え?」

「全部じゃないにしても、この特徴は、ほぼ一緒。おっぱいに至っては、全員大きい」

「ハルキ、おっぱいとかどこで分かんのさ。実物を見たわけでもないのに」

「なにを言う。ニュースで写真が出るだろ?」

「え!? あれで分かんの?」

「分からなかったら、SNSとかでアカウント調べて写真から導き出した」

「……え、ストーカーじゃん」

「違うよ!! ユウコちゃんがいなくなったから、万が一あの事件だったらって思って、ずっと調べてたの! なんでだろうって!」

「ハルキ、てめーってやつは……!!」

「ええい、やめろリキト! 抱きつくな!」

「それで! 他に何か分かったのか」

「うん。これらのことを踏まえても、テッペイの言う“あいつ”の可能性が高いよね。で、ここからは完全に仮説の話なんだけど、狙われた女性はあいつの好みの女性」

「おお、なんか探偵っぽいな」

「そういう女性に執着心があるんだよ、あいつは。ほら、犯人は高身長だって言ってただろ? 好きになるのって、だいたい自分とは反対のものを持ってる人を好きになるっていうだろ?」

「まあ、アスカとかは細いから好きってのはあるな」

「え!? お前アスカのこと好きなの!?」

「ばか! ち、ちげーよ!! なんか可愛いなって思っただけだバカ!」

「事件が解決したらリキトに事情徴収だな」

「めちゃくちゃ気になるけど先、進めていい?」

「「「あ、どうぞ」」」

「どこまで話したっけ?」

「えーと……」

「忘れちまったじゃねーかよ!」

「「「お前のせいだろうが!!」」」

「ごめん」

「あ、自分とは反対の人を好きになるってやつだ」

「あ、そうそう。で、おそらく細身の高身長なら、小さくてむっちり巨乳がタイプでもなんとなく合点がいくだろ? あくまで仮説だけど」

「確かにな」

「薬指は婚約指輪をはめる指。つまり、永遠の愛だったり、深い絆だったりを意味しているわけじゃん」

「うわ、そこの愛情表現ってわけか……」

「完全にストーカーだな。てか、陰湿というか、根暗だろそいつ!」

「そういうことになるかもな」

「あ、待って。根暗でそこまで陰湿で、ストーカーで、コソコソ人目のつかないところで首を切って……あ」

「え? 何か分かったのか!?」

「あ、いや、俺が今やってるサバイバルゲームの主人公の殺し方に似てるなーって」

「え? あの俺にも勧めてきたやつか?」

「そうそう」

「それ僕もやったことあるけど、確かに近接攻撃で、そんな倒し方があったね。後ろから近寄って首を絞めて、ナイフでザクッと」

「そう、なんかそれが今頭ン中で出てきて」

「いい線いってるかも……」

「どういうことだよ?」

「いや、あくまでも俺の考えだが、そいつ、そのゲームやってんじゃないかって」

「え?」

「決めつけるわけではないけど、今の俺らの中で共有してるあいつって、割と引きこもりみたいなタイプだろ? 違うか?」

「「「いや、割とそんな感じ」」」

「だとすると、ゲーマーの可能性も出てくるよな」

「うん! うん!」

「そいつもテッペイとハルキがやってるやつと同じゲームをしているなら、首を切る意図につながる。つまり、あいつは、ゲームの真似をしている」

「なるほど」

「でも鈍器で殴ってあるよね」

「それはおそらく後ろから近付いて、強引に首を絞め、ナイフで掻っ切る、というのが単純にできないんだと思う。かなりの力の差か高い技術力がないと無理だと思うし、引きこもりの細身のゲーマーなら、そんなに力も強くはないはず」

「そんなやつより、うちの父ちゃんの方が何百倍もつえーぜ!」

「下手すりゃ、リキトの方が強い可能性もあるかも」

「まじで!?」

「いや、それは言いすぎた。危険だからその考えは忘れてくれ」

「まあ、そうだよな」

「俺はいつでもやれる準備しとくぜ!」

「できれば交戦は避けたいな」

「うん……」

「明らかに自分よりもか弱そうな女性を襲うのに刃物と鈍器を用意するくらいだから、力には自信がないんだろう。それに、自分のことを分かって準備しての犯行だから、割と考えて行動するタイプ」

「慎重なやつかもね」

「まず鈍器で殴って弱らせたところで首を切る。殺した後に指を切って持ち帰る」

「ねえ、今思い出したんだけどさ」

「なに?」

「そんなに指を集めることに執着したやつならさ、落とした指、探してるんじゃない?」

「「「あ!!?」」」

「指は警察に渡したんだよな!?」

「うん。でもあいつはそれを知らない」

「もしあいつがコレクションしている指を持ち歩いてるとしたら」

「落としたかもしれない場所に」

「「「「 探しに来る!!!! 」」」」

「もしあいつが本当にあのとき、あの草むらにいたのなら」

「絶対探しに来るはずだぜ」

「手がかり、ゲットだな」

「行こう!」

「「「うん!」」」

4人、走り出す。

「ちょっと待って!」

「なに!?」

「警察に言った方がいいんじゃ」

「確かにな」

「でもこうしてる間にも来てたら」

「分かった、僕が警察に連絡してここで待つ」

「ここで待たなくてもよくないか? 神社の前で待つとか」

「あいつは、割りと考えて行動する。昨日ずっと俺らを見ていたなら、テッペイがあの草むらに一度確認しに行ったことも見ているはず。だとすると、ユウコちゃんがいなくなってテッペイが真っ先に疑うのが自分だということも分かっているだろう。

「分かりそうで、あと一歩分かんないな」

「つまりな、テッペイがあの神社の人って知ってるとするなら、ユウコちゃんがいなくなった後、テッペイがあの草むらを探すことは、あいつの頭にあると思うんだよ」

「あ、つまり、指が見つけられてるかもしれないと思ってる?」

「うん」

「そっか!」

「いやよく分かんねーって」

「リキト、お前ほんとバカだな」

「なんだと!」

「まあまあ! つまりな、探しには来るだろうけど、“あいつ”は、自分が戻ってくるかもしれないってことがバレてる可能性も、ちゃんと考えてるってことだよ」

「あ、じゃあ、かなり警戒して探しに来るってことか」

「そのとおり」

「俺ならそんなに考えられるんなら、戻ったりしねーけどな」

「あいつは好きな女性への執着心が強いやつだ。人殺してまでして手に入れた、好みの女性の薬指だ。何が何でも探すだろ。最初に言ったろ。ストーカーは頭がおかしいって。僕らには、到底理解できないことばかり考えているんだよ」

「なるほどな。俺も必死に隠れて買ったエロ本があるはずのところに無かったら、めちゃくちゃ焦るもんな。意地でも見つからずに探し出してやる! って思うもんな」

「なんだその例え」

「でもいい例えだ。メモしとこ」

「メモするんだ……」

「ちなみにパツ金姉ちゃんのだぜ」

「「聞いてない!」」

「パツ金……」

「ハルキ?」

「あ、いや、なんでもない! とにかく、そんなところまで考えるやつなら、すでに警察に通報されてることも当たり前と思っているだろうし、一連の説明で、テッペイが警察に連絡している可能性も、もちろん頭にあるはず」

「だとすれば、警察があの神社の周りにいたら、さらに警戒される」

「最悪、その様子を見て諦められるってのが、一番マズイ」

「手がかりが無くなっちまうからな」

「その通りだリキト!」

「へへ!」

「だから、僕はここで警察を呼んで、あいつに気付かれないようにそちらに向かうよ」

「オッケー!」

「そっちは頼んだぞ。テッペイ、ショウタロウ、リキト!」

「おう!」

「任せとけ!」

「うん!」

 

3人は神社に向かう。

 

「もう既に来ている可能性もある。ここからは慎重に行こう」

「「うん」」

「手分けして見張るか」

「じゃあ、俺は本殿の下に」

「俺はあの大木の後ろに」

「じゃあ俺は木の上に」

 

ショウタロウが本殿の下に、テッペイが木の裏に、そしてリキトが木の上に上った。

 

2人ともライン開いて。今グループ作ったからそれに入ってくれ」

 

ラインでショウタロウからメッセージが来た

 

「【ユウコちゃんを奪還するぜ作戦】か。いいね」

「今から現状を報告するときはここで。マナーモードにしとけよ」

「オッケー!」

「了解!」

「なんか作戦を実行してるみたい!」

「カッコいいな俺ら(笑)」

「ぜってー取り戻してやるぜ!」

「戦争の始まりだ!! なんてね」

「誰かきた」

「まじ?」

「階段上ってる」

「どんなやつ?」

「身長たけー、あと、細い!」

「ビンゴ!!」

「あと根暗っぽい! ヒッキーだなありゃ」

「間違いない!」

「俺らの推理は当たっていた!」

「やばいね」

「どうする」

「今警察とそちらに向かっている」

「まじか」

「現状も見せながら来ている」

「警察はなんて」

「動くなって」

「まじかよ」

「逃げたらどうする」

「それよりもお前らの安全だ」

「分かってるけど」

「草むらはいいた」

「はいった」

「探してる」

「武器は」

「見た感じ持ってない」

「あー、真下にいるー」

「落ち着けリキト」

「これ見つかったらやばいよな」

「絶対動くな!!」

「リキトもう打たなくていい」

「でもちゃんとほこくしねーと」

「ほこくになってる」

「焦んな」

「あいつが探してんのは」

「指だ」

「下にしかない」

「上は見ない」

「みられた」

「え」

「やばい」

「ころされる」

「リキト!!」

「めっちゃこっち見てる」

「オマエハ、ダレダ

「やばい!!!」

「ハルキまだか!!」

「今向かってる!!」

「たすけて」

「たすけと」

「たすこね」

「リキト!!」

 

くそ!!

「うらーーーーーーー!!!!!!」

「テッペイ!!」

「いけーーーーー!!! イシツブテ!!!!!!」

 

テッペイは叫ぶと同時に、ポケットに入れた大量の石を、“あいつ”めがけて思いっきり投げつけた。

 

「クソ!! ガキガ!!」

“あいつ”は大きな円を描くように石をかわしながらテッペイの方に走ってきた。

「シネ、クソガキ!」

「死なせてたまるか!!」

ショウタロウが本殿の下から思いっきり石を投げた。

「グワッ!」

その石は“あいつ”の左すねに当たり、“あいつ”は痛みからかその場にうずくまった。

「野球部なめんなー!!!」

「コロス……コロス……コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」

“あいつ”はゆっくり立ち上がり、服の中からサバイバルナイフを取り出した。

「ひっ……!!」

「ショウタロウ!!」

“あいつ”はゆっくり、ゆっくり、ショウタロウに刃物を向けながら近づいていく。

「来るな! 来るな来るなクルアーーーー!!!!」

「シネコロスシネコロスシネコロスシネコロスシネコロスシネコロスシネコロスシネ」

「ショウタローーーー!!!!」

だめだ、怖くて体が動かない!! やばい!やばいやばいやばい!!

ショウタロウが殺されるっ!!!

「うるるるるあああああああああ!!!!!!!!」

リキトが“あいつ”めがけて突進する。

「こっち向きやがれーーー!!!」

リキトが走りながら投げた石が“あいつ”の背中に当たる。

しかし、“あいつ”の動きは止まらず、そのままショウタロウに向かっていく。

「くそったれがあああああ!!!」

「来るなああああああああ!!!!!」

間に合わない。“あいつ”がショウタロウの目の前に立ち、笑みを浮かべる。

そしてナイフを持った右手を振り上げた瞬間、

「子供に手を出すなあ!」

じいちゃんが振り上げた右腕に飛びついた。

「じいちゃん!!!」

「ハナセ!クソジジイ!!」

じいちゃんと“あいつ”が立ったまま取っ組み合いになる。そこにリキトも飛び込む。

「ブッ飛ばしてやる!!! おおおおおらああああ!!!」

リキトが思いっきり突進しながら振りかぶった拳は、“あいつ”の顔面を打った。

「……ア……ア」

リキトのパンチと突進で“あいつ”は吹っ飛び、倒れた。

「これがなければ!」

じいちゃんが男からサバイバルナイフをもぎ取る。

リキトは倒れた“あいつ”をさらに殴る。

「返せ! ユウコちゃんを返せよ!!」

「「うわああああ!!!」」

ショウタロウとテッペイも“あいつ”に掴みかかり、殴る。全力で殴る。

「「「返せ!!! ユウコを返せええええ!!!」」」」

「お前ら、やめろ!! それ以上すると死ぬぞ!!」

「こいつは何人も人を殺してきたんだ!! ユウコも殺されたんだ!!! 殺されて当然だ!!!! 殺してやる!!!」

「やめろテッペイ!!! お前まで同じになるぞ!」

じいちゃんが3人を引きはがす。男は完全にのびている。

「はー、はー、はー、はー」

「くそっ! こんなやつに、ユウコちゃんは……くそっ!!」

「…………っく!!」

「みんな無事か!!!!」

ハルキが警察とともにやってくる。“あいつ”の身柄は確保され、4人とじいちゃんとアスカは病院へと向かった。

検査を受けた結果、全員に異常はなく次の日には退院することになった。

そして、退院日。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

「……みんな、飯でも食うか」

「……いい」

「食べんと元気が出らんじゃろ。ほら、何が食べたい」

「……いい」

「……」

「……ユウコ」

 

自動扉が開き、いやに広い病院の玄関に出ると昨日現場に駆けつけてくれた警察官4名がいた。

 

「昨夜はご協力ありがとうございました。無事退院できたみたいでよかったです」

「……何がです」

「え?」

「なにがよかったんですか」

「え、だから退院できて……」

「ユウコはいないじゃないですか!!」

 

「いるよ」

 

「「「「「え?」」」」」

 

「私は、無事だよ」

 

「「「「「え? えー!?」」」」」

「え、なんで! どうして!!」

「殺されたんだとばかり!!」

「なにがあったんだ!」

「よかったぜえええ!!! ほんとによかったあああ」

「ユウコ、どうして……」

 

「あのね、あの犯人が私を見つけて襲ってきたの。指もね、落とされちゃった……」

「ああ……」

「あ、でも指はくっつくみたい!! すごいね、現代医学!! 時間はかかるけど元通りになるって!」

「ホント!!? よかったー!!」

「先に指を落としたのか」

「うん。全く抵抗できなくて固まってたらそのまま切られちゃって」

「ああ……、想像しただけで痛い……」

「でね、痛がってたら、すぐに楽になるからねって言われて、ああ、殺されるっておもったんだけど、気付いたの」

「なにが?」

「指を落としてたってことに」

「ん? どっちの?」

「あ、指を無くしたことに気付いたの。犯人が」

「あ、そこで!!?」

「うん。あの犯人、切った指をすぐに指がたくさん入った瓶に入れてたんだけど、思い出したようにもう一回瓶を取り出して、ない!! って」

「それで、殺されなかったの?」

「うん、なんか、順番があるらしくて、抵抗する人はすぐに殺すらしいんだけど、私みたいに抵抗できないような女の子は指を落とした後、その……」

「ん? なに?」

「えっと……」

「なんだよー」

「強姦するんだ」

「ご、ごうかん!!?」

「そう。抵抗できないこと良いことに、自分の好みの女性に性的虐待をしてから殺すといった、かなり悪質な犯行をしていた」

「なるほど、ユウコを襲ってから殺すつもりだったんだ」

「さすがは変態ストーカーだな」

「最悪よ」

「でもその変な性癖のおかげ、生きてるから」

「ホントによかった……」

「本当に!!」

「君たちの勇気ある行動が、今回の事件を解決させた。本当にありがとう。」

「あ、いーえー。これくらい! なあ!」

「そうだぜ! 当然のことをしたまでだぜ!」

「お役に立ててよかったです」

「確かに」

「おいハルキ。お前またしゃべるのめんどくさがってるってことかそれ」

「え、い、いや、そうじゃなくて……」

「もう 確かに は禁止!!」

「なんでだよー!!」

「そこ確かにって言ったら面白かったんだけどね」

「あー、確かにー!!」

「バカにすんなってー!!」

あはははは!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【次のニュースです。先週から続いていた殺人・強姦の容疑で逮捕された“追田亮介”容疑者は、容疑を認め、動機を「好みの女性と一緒になりたかった」などと話しており-】

 

「……はあ」

男はコーヒーを一口すする。

新聞紙を広げ、一連の事件が大きく取り上げられた記事に目を落とす。

「だーから強姦はやめとけって言ったのに……」

男は新聞を読み終えると、綺麗にたたんで、机の上に静かに置いた。

「大人しく兄貴の真似してりゃあよかったのにな……」

まだ温かいコーヒーを、男はもう一度口にした。

 

〈終わり〉