再会は風の強い日の屋上で
「止めないで」
「それはできない」
「放っておいてよ。あんたに関係ないでしょ」
「関係あるよ! 今俺は君とここにいる。俺ら二人だ。俺しか止める奴いないだろ」
「誰も止めてなんて頼んでない」
「いや、君は止めてほしかったんだ。だから俺が来たのを確認して飛び降りようとした。本当は、君は見てほしかったんだ! 自分がどうなってしまっているのか。もっと理解してほしかった。自分が何を考えていて、何に苦しんでいるのかを。君はそう思っていたんだ!」
「……」
「でも大丈夫。俺が話を聞くから。俺が君の苦しみを聞くから。もう一人じゃないから。だから、死のうなんて考えるなよ」
「キモ」
「え?」
「いや、気持ち悪いなって」
「え? え、今なんて?」
「気持ち悪い上に耳まで悪いの? あ、悪いついでに言うけど、顔も悪いよ、あんた。ハッキリ言って、ブサイク」
「いや今それ関係ないでしょ!」
「そうね。関係なかったわね。だからもう喋んないでね。さよなら」
「え!? ちょっ……!!」
女、身を投げようとする。男も反射で手を伸ばすが届かない。が、突然強い向かい風が吹き、女の華奢な体は思わず押し戻される。くしゃくしゃになった短い黒髪に隠れて表情は見えないが、かすかに身体が震えている。
「死ねなかったね」
「うるさい!!」
叫び声とともに向けられた顔は少し赤くなっている。「さよなら」なんてカッコつけたにも関わらずものの見事に自殺に失敗してしまった恥ずかしさがあるのだろう。ボロボロのフェンス越しに見える女の制服のスカートが、破れて穴の開いたフェンスの端にしっかり引っかかっていることにも気づかないほどに、女は今恥ずかしさで頭がいっぱいなのだ。
「今度こそ死んでやる!!」
そう言って女は勢いよく一歩を踏み込もうとした。しかし、案の定フェンスに引っ掛かったスカートに引き戻され、引き戻された勢いで女は尻もちをついた。
「……」
「なによ!!」
「今日は諦めたら?」
「うるさいうるさい!!」
「いや、今日はもう無理だって。だって2回失敗してんじゃん。2度あることは3度あるよ」
「3度目の正直よ!」
そういって女は立ち上がり、深呼吸をした。
女の自殺の失敗を2度も見せつけられた男は、「こいつ、多分また死ねないと思う」と内心思う反面、「ホントに飛び降りたらどうしよう」という恐怖感に似た焦りが交錯していた。女が意を決し、何もない空間に足を一歩踏み入れようとした瞬間、男も反射で止めに行く。しかし、明らかに間に合わない。女の言う通り、3度目の正直……、
とはならなかった。
「きゃっ!!」
2羽のカラスが女の目の前を横切ったのだ。突然のカラスの来襲により女は驚き、後ろに退いてしまった。
「……」
「3度目の正直ねー」
「仏の顔も3度まで……」
「いや仏は許さないだろ、自殺とか。4度も5度も君の邪魔をしてくるぞ、仏」
「でもたくさん自殺して人死んでんじゃん!」
「君が特別許されてないんだよ。なにしたの? そんな罪深いことしたの? 自殺以外で」
「知らないわよ。逆でしょ普通! 私は救われるべきでしょ! なんでこんなつらい思いしながら生きなきゃいけないわけ? 罪を犯したのはあいつらでしょ? なんでこんな惨めな思いばっか私にさせんのよ! 仏!! ふざけんな!!」
「……」
「ふざけんな。ほんと、ふざけんなよ」
「……」
「……」
「なあ、昼休み終わるぞ?」
「は? 戻るとでも思ってんの?」
「いやだから、もう君の自殺止めようとか思わないから」
「は? 意味わかんないんだけど、何が言いたいの」
「だって今日はもうあれではないか。3回やって3回とも死ねていないではないか。だから、今日の自殺チャレンジは終わった方が賢明だって」
「止めないとか言って、止めようとしてるじゃん」
「正直君も、今日はもう、ちょっと萎えてるだろ? なんか最初より死んでやる! って気持ち薄れてるだろ? そんなコンディションで死んでも、死にきれなくないか?」
「死ねるわよ、何言ってんの」
「いや無理だって。絶対後悔するって。ああ、あのタイミングじゃなかったなって。もっといいタイミングあったなって。死ぬって一回きりなんだから。だからさ、もう一回気持ち、作ってこよ?」
「てかさっきからなんなんだよあんた!! しつこいのよ! なにが、作ってこよ? だ! キモ男! あんたはどの立場でモノ言ってんだよ! てか誰だよ!!」
「君が誰だよ!」
「聞いてんのはこっちなんだよ! 誰だっつってんの!」
「だいたい君は死ぬ前にまず謝れ!」
「はあ!?」
「俺に、キモ・気持ち悪い・耳が悪い・ブサイク、そしてさっきのキモ男って言ったのちゃんと謝れ」
「自分が言われた悪口全部しっかり覚えてるんだ」
「当たり前だ。悪口言われて嬉しい奴なんているもんか。そういうのは謝るまで覚えてるぞ」
「女々し!」
「おい! 悪口言ったこと謝れと言ったのになぜ悪口をプラスするんだよ! それも謝るまで覚えているからな!」
「いやホント気持ち悪いから」
「はい! 2回目! なんですぐ悪口言っちゃうかな。口が悪い、悪すぎるぞ君!」
「それ」
「え?」
「口が悪いは悪口じゃないんですかー。悪口ですよね。ハイ謝って」
「それは屁理屈だ!」
「屁理屈も立派な理屈よ。はい、早く謝って。あんたが謝るまで私は謝んないから」
「なんて女だ」
「聞こえてるんだけど。それも悪口?」
「あーーー! はいはい! 謝るから! もうめんどくさい女だな君は」
「あんたも大概面倒くさいけどね」
「お互い様だ、この! はい、悪口言ってごめんなさい。 ほら、謝ったぞ。君の番だ」
「はあ。ごめんなさい」
「謝るんだ」
「は? あんたが謝れって言ったんでしょうが!」
「いや、ごめん。てっきり、誰が謝るかバーカとか言われるかと」
「あんたが謝ったから、私だけそんなことしたらそれこそイヤな奴になっちゃうじゃないの」
「ふーん、頑固なやつだとばかり思っていたが案外素直な部分もあるんだな、君は」
「それバカにしてるでしょ」
「いやしてないよ!」
「ほんとかよ」
昼休みが終わるチャイムが学校一面に響き渡る。校庭でサッカーをしていた男子生徒は、誰が一番早く教室に戻れるかゲームをしながら、下駄箱へと全速力で走っている。ガヤガヤとした雑踏音は次第に薄くなっていく。
「……」
「……」
「……戻るか」
「いやだ」
「今のは大人しく教室に戻る雰囲気だったろうが」
「勝手にそんな雰囲気って決めんな」
「いやそういう雰囲気だったよ。だって俺がその雰囲気を作ったからな」
「じゃあ作んなそんな雰囲気」
「……はあ」
男は人二人分ほどに破れたフェンスをくぐり、女の隣に座った。
「近寄んな、キモい」
「いやひどくないか君! せっかく話を聞こうかと思ったのに!」
「頼んでない。臭いから近寄んな」
「え? ホントに臭いか俺?」
「おばあちゃん家の臭いがする」
「そんなはずはない! 風呂には一日2回、朝と夜に入るんだぞ? 制服の洗濯も欠かさない! 何でそんな匂いがするんだ! はっ! 上履きか!! 確かにこいつだけは洗っていない。だがそれではおばあちゃん家の臭いがする理由がますます分からない。これは完全に俺の臭いのはずだ。待てよ、とすると、俺からおばあちゃんの臭いが……」
「あーうるさい! めんどくさい! うるさい!」
「2回も言わなくていいじゃないか」
「もうしゃべんな!」
「君は俺にうるさいだとかしゃべるなとか言いすぎだ! はっ! まさか口も臭いのか! いやちゃんとリステリンを……、ん? 君の上履きはどこだ?」
「……」
「まさか落としたのか! 全くなんてドジなんだ君は。上履きに負けているじゃないか。上履きの方が飛び降り方が上手じゃないか」
「喧嘩売ってるでしょ」
「俺は喧嘩と怒られることと悪口を言われるのが大っ嫌いだ。ゆえに喧嘩は売ってない」
「……あっそ」
「そうだ」
5時限目が始まるチャイムが鳴り響く。もう校舎には楽しそうな雑踏は消え、静まり返っていた。風の音がやけに大きく聞こえる。雲の流れる速さも一目でわかるくらい速く泳いでいる。
「5時限目、始まったよ。戻りなよ」
「断る」
「は? なんでよ」
「君が一人になる」
「だからその顔でカッコつけるなって。キモイから」
「また謝るまで覚えるぞ」
「あー、はいはい、お好きにどうぞ」
「今さらなんだが、何組だ?」
「なんで教えなきゃ……」
「いいから」
「……2組」
「ん、なに!? 2組だと!? ウソをつくな!」
「いやホントだって。ここでウソつく必要ないでしょ」
「だって、私も2組だぞ」
「そうなんだ」
「そうだ! だから君が2組なわけ……、え。君は、何年生だ……?」
「3年生」
「な!!? 先輩だったのか! ……んですね。」
「いきなり敬語かよ」
「君は、俺が後輩だということを分かっていたのか!」
「そりゃ上履きの色見たらね」
「なんと! 言ってくれればよかったのに……、いや、これは失礼を! 上履きが無かったものだから。上履きが青色って分かってたらあんな失礼な態度は取っていないので」
「いいよ、今さらだし、そんなの気にしないし」
「そうか。じゃあそのままでいかせてもらう」
「いや順応早いな。もっとそこは引きずりなさいよ。もっと、君は、先輩だったのか!って余韻残せよ」
「めちゃくちゃ気にしてるではないか」
「いやそれは、ほら、あれだよ。あんたが急に元の方向に舵きったから戸惑ってんだよ! って、何で先輩の方が戸惑ってるのよ!」
「やっぱり先輩後輩とか気にするタイプじゃないか」
「あーもう! うるさいうるさい!! もうしゃべんな!」
「あのさ」
「しゃべんなって言って……」
「なんでそんなことするんだろうな」
「え?」
「いや、なんで君をイジメたりするんだろうなーって、なんとなく思ってね」
「私が知りたいよ」
「んー、確かに君は、頑固だし、屁理屈言うし、意地も見栄も張るし、おまけに口も悪いときた」
「……だったらなんなのよ」
「でも」
「でも?」
「……あれ? ちょっと待ってくれ。あれ。この時間の間、君の悪いところしか見てない気がする」
「やっぱり喧嘩売ってんだろ! この!!」
「ちょ! やめろ! 暴力をふるうな! また君の悪いところを見つけてしまった!」
「そんなとこいちいち見つけなくていいんだよ!」
「君が見せているんじゃないか! ちょっ! ほんとやめて! さっき入ったから! 痛いとこ入ったから! ファニーボーンに当たってるから!!」
「知るか! あんたが言うからでしょ! 死ね!」
「死のうとしてるやつが人に死ねって言うのってちょっとおかしくないか!」
「揚げ足を取るな! この!」
「痛いから! 分かった! 分かったから! ごめんなさい!」
「情けない」
「なに?」
「女に言いたいこと言われて、殴られて反撃もせずに大人しく謝るなんて、ほんと情けない。ほんとに女々しい」
「イジメられていじけて自殺しようとした君に言われたくないね」
「はあ!? あんたね……」
「だってそうではないか! 一人でめそめそして、誰に助けてもらうでもなく、でも反撃するわけでもなく、勝手に死のうとして。どれだけ人に迷惑をかけると思ってるんだ!」
「勝手なこと言ってるのはどっちよ! 私のこと何にも知らないくせに知ったような口叩かないで!!」
「知らないし知りたくもない! そんなの君の勝手な都合だ! 自分が死んだらどうなるか考えたことはあるのか!」
「あるわよ! 何度も何度も死のうと思った。その度に死んだらどうなるかを考えた。当たり前じゃないのそんなの! そこまで私は馬鹿じゃない! でもそれを、死んだ後を考えても死んだ方がマシって思ったの! だからこうして死のうとしたんじゃないの。なのに、なのになんで邪魔ばっかすんの!? あんたに私のこと関係ないでしょ! 放っといてよ!」
「どうしてマシになるのだ! 周りにいる人たちがどれだけ悲しむと思って……」
「そんな人いない!」
「え?」
「悲しむ人なんて、私にはいない」
「……」
「だから、もういいの」
「もしかして、ご両親が」
「だったら何よ」
「すまなかった」
「いいわよ別に。謝ってもどうにもならないんだから」
「俺も同じだ」
「え?」
「俺も、両親がいない」
「え? それって……」
「孤児院で育ったんだ。母親の顔も父親の顔も知らない。物心ついたときにはもう孤児院にいた」
「……」
「でも小学校に上がる前に、今のおばさんとおじさんに引き取られた」
「……」
「おばさんとおじさんのおかげで、今は幸せに暮らせている。本当に彼らには感謝している。だから恩返しをしたいんだ。そのために俺はどんなに辛いことがあっても死にたくないし、死んじゃいけないと思ってる」
「……」
「すまない、俺の話をしたところで、君には関係がないことだったな」
「私も孤児院にいた」
「え、そうなのか?」
「うん。私は託児所に預けられて、そのまま親は迎えに来なくて。そのときに私がいた孤児院がね、親が迎えに来ない子供たちを面倒見るって言ってくれて。何人かの子供たちと一緒に孤児院に来て。そしたらね、おばさんとおじさんが私の里親になってくれたの。すごく嬉しかったなー。でも私が中学3年のときにおばさん死んじゃって。おじさんもおばさんが他界した後急にボケてきちゃって、今は介護施設に入ってる。」
「じゃあ、今は君一人なのか?」
「んーん。一応、そのおじさんの妹の家にいるけど、これがまた意地悪でね。前も殴られたり怒鳴られてして、邪魔だけど置いてやってんだ、もっと感謝しろ! って言われて」
「なるほど」
「だから、もういいの。私が死んで悲しむ人、いないから」
「俺が悲しむ」
「いや、キモイから」
「冗談じゃなく、本当に悲しむ。死んでほしくない。」
「同情するなら金をくれ、よ」
「同情するなという方が無理な話だ。こんなに似た境遇で、でも俺は普通に暮らせている。でも君はまだ苦しい中で生きている。もうそんな生活は終わらせるべきだ」
「したくてもできないよ、そんなの」
「……ウチくる?」
「は?」
「あ、いや、あれだったら、ウチくるかなって」
「なに、今日暇ならウチくる? 的な友達みたいな軽いノリで誘ってんのよ。無理に決まってんでしょ」
「おじさんとおばさんに聞いてみる」
「え、本気?」
「当たり前だ」
「いやいや、それはやばいでしょ。あんたんとこのおじさんとおばさんに迷惑かけちゃうって」
「人の迷惑を顧みず死のうとしたやつの言葉とは思えんな」
「すぐ揚げ足を取るな!」
「君の揚げ足は取りやすいんだよ。カモだよ、カモ」
「だれがカモだ!」
「あ、もしもし。恵子さん、すいません、ちょっとお話があって」
「ちょっと! 急すぎるわよ!!」
男、女の手を振り払いながら恵子に事情を話し、女を引き取りたいとお願いをする。
「その子に惚れちゃった?」
「俺の悪口をこんなにストレートに叩き込んでくる女を、いきなり好きになるほど俺は飢えてないですよ。あ痛っ!!」
「聞こえてるっつーの!」
「もう仲が良いのね」
「とにかく、ただ、彼女が同じ境遇で」
「それはもうさっき聞きましたから分かってますよ」
「と、とにかく、無理を承知でお願いしてます。どうにかできませんか」
「徹さんと相談してみるわ。あの人のことだから、事情を話せば大丈夫と思うけど、問題はお嬢さんの方にお話しをしに行かなくちゃね」
「そうですね」
「また帰ったら話しましょ。成海くん、まだ学校でしょ?」
「あ、はい」
「うん、じゃあ、またあとでね。お嬢さんも連れて来てね」
「分かりました。それでは、徹さんにもよろしくお伝えください。はい。失礼します。というわけだ」
「いやどういうわけよ! あんたが私を貶したことしか分かんなかったわよ!」
「今日、おばさんとおじさんと、君をこちらで引き取らせてもらうように向こうにお願いしにいくための準備をしに行く」
「なんかややこしいな」
「だから、ウチくる?」
「だからなんで軽いんのよ、そこだけ!」
「友達を家に誘うなんてことしたことないから、言い慣れてないからだ!」
「そんな自信満々に言うことじゃ……、え?」
「え?」
「今、なんて?」
「今日、おばさんとおじさんと……」
「戻りすぎ戻りすぎ! 友達って、言った?」
「まあ、ことが上手く運べば、一気にお姉ちゃんになるがな!」
「いろいろすっ飛ばしてんな……」
「それがどうした?」
「もういいわよ」
「まあ、とにかく、そのような感じだ。君にはちゃんとした生活を送ってほしい。だから、今日はその一歩として一緒に来てほしい」
「……うん。分かった。」
「よし! 決まりだ! そうと決まれば、早速向かおうか!
「え? 今から?」
「そうだ。だって君は教室に戻りたくないのだろう? 君が真面目に途中から5時限目に励みたいのなら俺はそれでもいいが」
「冗談じゃない!」
「だろうな。あ、そうだ」
「なに?」
「今まで、君とあんたで成立していたからあまり気にならなかったんだが、名前を知らなかった」
「ホント今さら感が半端じゃないな」
「俺は2年2組の井原成美だ。よろしく」
「え? 井原?」
「そうだけど、どうかしたか?」
「いや、私も井原。井原益美」
「ほー、偶然が重なるな」
「ね、孤児院って、どこの孤児院?」
「中央区のあさひ孤児院」
「……まじで?」
「……まさか」
「私も3歳であさひ孤児院に入った」
「俺は2歳くらいで入ったみたいだから、井原さんより早く孤児院に入ってたのかな。え、てことは、一緒にいた時期があったということか!?」
「ねえ、井原って、今のおばさんたちの苗字?」
「いや、井原成海という名は親がつけた名前らしい。孤児院の先生が、“井原成美”と書かれた哺乳瓶を俺が持っていたって言ってたな」
「え、っとー」
「え、井原さんの名前って」
「託児所に預けられたときに“井原益美”って」
「……」
「……」
「「いやいやいやいやいやいやいや」」
「さすがに考えすぎだな!!」
「そ、そうよ! さすがにそれは、ねー!!」
「兄弟がいるなんて、そんなことは先生から聞いてはいないしな!」
「そ、そうよ、私もそんなことこの18年間で聞かされてないし!」
「そうだよな!うん、そうだ! そんな偶然あるわけない!」
「ほんとよ! そんなドラマみたいな展開なんかね! 第一、もし、万が一、億が一、いや、兆が一、私とあんたが、その、きょ、姉弟とかになっても、そんな感覚絶対無理だし!! あんたが弟とか無理だし!!」
「その無理というのはやめてくれないか! そろそろ心が折れそうだ。」
「いっそのこと、一回折れてしまえばいいのに」
「なんてことを言うんだ井原さんは! とりあえず、おばさんのところへ向かおうか! もうカバンは置いていこう。一回くらい学校から逃げ出しても怒られるだけだろう」
「あ、怒られることは覚悟してるんだ」
「当たり前だ! 君ももちろんだが、学級委員の俺がこんなことしたら優等生の面目が丸つぶれだ」
「じゃあ」
「でも、井原さんを放っておくほうが、俺自身の面目が丸つぶれだ。だから、気にするな」
「カッコつけんなって」
「ブサイクだからか」
「いや、キモイから」
「一緒ではないか!」
「ふふ」