広瀬すずじゃなくて、ばっさーがいいの!
「芸能人に似てるって言われない?」
「え? ああ、たまに言われます」
「もしかしてさ、広瀬すず?」
「たまに……」
「やっぱりー!!」
「……」
「いやー、来た時からなんか似てるなって思ってたんですよー! 可愛いってよく言われない?」
「いやー……」
「モテるでしょ?」
「そんなことは……」
「またまたー。この髪型も似合ってるし! 広瀬すずに似てるし! うん! お姉さんの目に狂いはない、あなたはかわいい!」
「……あのー」
「ん? あ、どこか気になるとこがあった? どこ?」
「本田翼は?」
「……あ」
大分駅の近くにある、小ジャレタ美容室「little」
大分の中ではなかなか人気なお店で、大分女子たちが自分を可愛くするために、あるいは可愛さを維持するためにここへやってくる。
今日も開店と同時に予約を済ませていた大分女子がやってくる。その中の一人に、恐らくスポーツをしていたのだろう、少し体格がしっかりしているが、背丈も150後半といったところかちょうどいい。何より容姿が女優の「広瀬すず」に似ている。広瀬アリスにも似てはいるがどちらかというと、妹寄りだろう。
「今受付にいる子、あの子可愛いですね!」
「ほんとね、広瀬すずみたい」
「ですよね! 私もそう思いました。ショートカットだし雰囲気もなんとなく似てるかも」
「直しに来たんでしょうねー」
「そうですね、あれだとそのままにしておくともったいないですもんね」
髪が少し伸びてきて、中途半端な長さになっている。ショートカットは形もさまざまで、可愛いものも多いのだが、いかんせん維持が大変だ。背中まであるようなロングヘアーだと、1ヶ月そこらではそう変わったようには見えないし、枝毛処理位で何とかなったりする。前髪も今の子たちは自分で切り方を調べたりして切ったりしているから、長さ調整はショートカットの子よりしやすい。
その分ショートカットは伸びてくると、やはり長さが中途半端になり、髪型が崩れてくる。上手くアイロンやワックスなんかを使いながらアレンジする子もいるが、正直手間も時間もかかるし、なにより慣れが必要になる。いきなりできる子なんてまずいない。だから、一度短くしてしまうと、またロングヘアーに戻るまでかなりの時間が必要になるため、待てずに切りに来てしまうのだ。たぶん、この子もそんなところだろ。気持ちわかるよー。
「こんにちは! ここ初めて?」
「はい、最近大分に引っ越してきて……」
「(あ、緊張してる。人見知りな子なのかな)」
「そうなんだ。お仕事かなにか?」
「……はい」
「(それ以外になにがあるんだよ。遊びに来たわけじゃないから普通仕事だろう。4月っていうのも考えたら新入社員として配属されたってなんとなく分からないのかな)」
「あ、もしかして、今年から働くの?」
「そうですね」
「どこで働くの?」
「えっと、ドラッグストアです」
「そうなんだ! あ、じゃあ、お薬とか扱うんだったら薬剤師とか?」
「いえ、薬剤師じゃなくて、登録販売員の資格をまず取ろうかと」
「登録販売員って、薬剤師と違うの?」
「はい、扱える薬の種類が違うんです。薬剤師は全般扱えるんですけど、登録販売員は市販のお薬まで、とか、制限があって」
「へー! じゃあ、ぷち薬剤師だ!」
「(登録販売員って言ってるのに!!)」
「まあ、そんなところですかね……」
「すごーい! お薬扱えるとかカッコいいね!」
「(あー、私、この人苦手だ……)」
私は人と関わることが少し苦手だ。嫌いなわけではない。単に人見知りなのだ。特に、こう、グイグイ来られると、一歩引いちゃうような、そんな性格。もちろん仲のいい友達もいるし、彼氏だっている。大学時代は友達の人数自体も多かった。でも人見知りはなぜか治らない。友達ができたのも、高校からの友達が同じ部活に2人もいたからだし、文科系の部活だったからそこまでグイグイ来る人も少なかった。大分勤務が決まったときはすごく不安でしかたなかった。社宅に初めて入ったとき、もう実家に帰りたかった。彼氏が引っ越しの荷物の片付けとかを手伝いに来たときに、もう寂しくて寂しくて、不安で不安で、ずっと泣いてしまっていた。ずっと泣きながら荷物の整理をしていたから、引かれちゃったかもしれない。引っ越してきて1ヶ月が経とうとしている今、まだ全然なじめていないが、大分駅周辺は、割りといろいろ揃っているので、そこまで不便に感じてはいない。こうやって美容室もあるのでおそらくなにかに不自由になることは少ないかもしれないが、やっぱり地元で働きたかった。彼氏も福岡にいるし、できることなら、もう帰りたい。無理だけど。早く慣れないとな……。
「あ、ごめんね! 髪だよね。今日はどんな感じにしますか?」
「あ、えーと、そうですね、特に決めてないんですけど……。ちょっと伸びちゃったから」
「そうですねー、ずっとショートなの?」
「昔は結構伸ばしてたんですけど、最近はずっとショートですね」
「あ、じゃあ、今流行りの髪型なんだけど、こんなんとかどうかな」
そういって店員さんが見せてきたカタログには、たくさん可愛い髪形が載っていた。その中でも特に私が可愛いと思った髪型と、店員さんがおすすめしてくれた髪型が一致した。
「あ、可愛いですね」
「でしょ! これね、本田翼ちゃんがしている髪型なの! 今人気なんだよ?」
私は本田翼が大好きだ。めちゃくちゃ可愛い! 「ばっさー」のファンなのだ。まさかばっさーと同じ髪型になるなんて……! これしかない! この髪型にしたら、私も憧れのばっさーにちょっとだけでも近づけるかな。近づけたらいいな!
「あ、じゃあ、これでお願いします」
「はーい! じゃあちょっと待っててね」
ばっさーは、自分のヘアスタイルには、かなりこだわる。自分が絶対の信頼を置くスタイリストに頼むのは当然のことで、そのスタイリストにもミリ単位で要望を出し続ける。「ここをあと5ミリお願いします」とか、「ここあと3ミリ切って下さい」など、自分が思い描く理想の髪型にするために、一切の妥協がない。本当にすごくかっこいいし、ばっさーの可愛さはそうやって生まれているのかと感心してしまったほどだ。そんなばっさーの意識の高さと可愛さに私はファンになってしまった。それと、単にタイプなのだ。いや、その好きとかじゃなくて、可愛いって思うタイプが、ばっさーはドストライクで、見てるだけで癒される存在なのだ。
「お待たせ! じゃあ切っていくね」
「お願いします」
「本田翼ちゃんが好きなの?」
「はい、前にテレビで出てて、そこでファンになりました」
「あ! もしかしておしゃれイズム? 私も見たよ! あれすごかったよね、あの意識の高さというか、ああ、こうしてばっさーの可愛さが作られていたのかーみたいな!」
「あ! そうですそうです! 私も同じこと思いながら見てました。」
「ねー! 見習おうと思っても、なかなか継続できないんだよね、ああいうのって」
「そうねんですよねー。あ、でも私、あれ見てからちゃんとスキンケアするようになりました」
「お、いいね! 大事だもんね! 私なんてもう今年で30になっちゃうから頑張ってやってるんだけど、ついうっかりしてそのまま寝ちゃったりとかすると絶望するもんね」
「あー、分かります。私も一回、仕事で疲れて、そのまま寝ちゃったときは、朝起きて、やってしまった! って思いました」
「油断大敵だからね! 頑張って続けなきゃね!」
「そうですね」
「(だいぶ緊張もほぐれてきたかな? やっぱり興味があることとか好きなことの話は会話が弾むから緊張も取れやすいんだな!)」
「(最初は苦手って感じたけど、最初ほど苦手って思わなくなったなー。やっぱ美容師さんって、私と違ってコミュニケーション能力高いなー)」
「彼氏とかいるの?」
「あ、……います」
「やっぱり! え、彼氏は大分?」
「いえ、福岡にいます」
「じゃあ、遠距離か」
「そうなんですよね」
「私も遠距離なんだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん! もう毎日寂しいよ。向こうフランスにいるの。ね、遠くない?」
「フランス!? 遠すぎですね。じゃあ会ったりとかはできないんですか?」
「(お、初めて質問してきてくれた。)」
「そうねー。もう1年ちょっとは会ってないねー」
「海外だと、もうどうしようもない感じですね」
「そうなの。もう、向こうが浮気してないかが心配で心配で。金髪の美人がいっぱいいるからね!」
「あー、分かります。私も彼氏がちゃんとしてるかがすごく気になります」
「あら、けっこう遊ぶ人なの?」
「まあチャラい、ですかねー? というより女好き?」
「あははは! 男はみんな女好きよ」
「そんなもんなんですかねー? 浮気とか絶対無理なんで」
「それは私も無理よ。絶対あり得ない!」
「ですよね! 浮気とかしたらすぐ別れます!」
「そうよね、こっちは必死に会える日まで仕事頑張ってるのに、お前なに遊んでんだよって感じよね」
「ほんとそれですよ! 彼氏、働きながら演劇してるんですけど、そこの劇団内とかで何かあるんじゃないかって考えちゃうんですよ」
「へーすごいね彼氏さん。俳優さんなんだ!」
「そうなんですけど、やっぱり可愛い子とかも劇団内にいるから鼻の下伸ばしてないかなーって」
「鼻の下伸ばしてって表現。女の子でそんな言葉使うのおもしろいね」
「そうですかね?」
「まあでも、確かに鼻の下伸ばされると、こっちは不安になるよね」
「たまったもんじゃないですよ」
「ちょいちょい表現がおもしろいね」
「彼氏にも、使う言葉のチョイスが女の子っぽくないって言われます」
「やっぱり。名前なんて言うの?」
「あ、石田薫です」
「薫ちゃん面白いもん。可愛くて面白いんだったら、彼氏さんもぞっこんでしょ」
「そうだといいんですけど。どっちかというと私の方が好き好きってなってて、彼からはあんまりそういうこと言ってこないんですよ」
「あー、それはよくないよね。私の彼氏もね、全然言わないの。好き? って聞いたら好きだよって言うんだけど、自分から言わないから、なんだか私が言わせてるみたいになっちゃうの」
「めっちゃ分かります!」
「ね! 分かるでしょ! 男の人ってそういうとこ分からない人多いもんね。いや言わんでも分かるやろ、とか、言葉よりも気持ちが大事やない? とか。気持ちあるなら言葉も言えよ! みたいな」
「そうですそうです。彼氏、自分からラインもしてくれないんです。いつ会うか決めるのも全部私からで、なんか、ひとり相撲してる感じが凄いあるんです」
「ひとり相撲?」
「はい。私だけがんばってるなって」
「(やっぱり言葉選びが面白い)」
「そうよねー。彼氏はそれに対して何にも言ってこないの?」
「ごめん、って、それだけなんです。別にそれからもやっぱり私からだし。」
「彼氏さんってどんな人なの?」
「すっごく優しいです。ほとんど怒らないんです。何してもいいよって言ってくれるんですめちゃくちゃ頑張る人で、ため込んじゃうタイプだから、いろいろ話聞いてあげたいんですけど」
「でも女好き」
「そうなんです! しかも誰にでも優しくしちゃうから、他の女が寄ってくるんですよ」
「へー。カッコいいんだ」
「イケメンではないですけど、カッコいいですかね、優しいし」
「薫ちゃんいい子だね」
「そんなことないですよ」
「すごい彼氏のこと好きなの伝わるし、応援したくなったよ!」
「ありがとうございます」
「多分彼氏さんは仕事に演劇にで忙しいんだよ。私の彼もフランス料理のシェフになるって言って日本で3年やって、フランス行っちゃったんだけど、もう忙しそうなのほんとに。でも、すごく楽しそうに話してくれるから、まあ頑張れよって感じ。だから、薫ちゃんの彼氏さんも忙しくて楽しくて一生懸命なんだよきっと。だから、そんな一生懸命な彼を見て、我慢しといてあげるから、時間空いたらちゃんとかまってよね、みたいに念じてるの。上から目線になっちゃってる」
「いやでも、すごくかっこいいなって思います。なんか、私はまだ余裕がないからいっぱい考えちゃうんだと思います。そうやって大人になれたら、向こうも楽なんだろうなって」
「大丈夫よ。彼氏さんは薫ちゃんのこと、ちゃんと好きでいてくれてると思うよ。あ、ちょっとごめんね」
「あ、すいません」と、薫の顔を俯かせ、後ろの髪をカットしていく。
「だから、心配いらないよ。」
「ありがとうございます。」
「うん! あ、じゃあ流しましょうか」
そういって、薫をシャンプーの場所に移動させる。
「どう? 熱くない?」
「はい、大丈夫です」
「かゆいところあったら教えてね」
「はい、大丈夫です」
「……」
「……」
「(会話終わっちゃったー! さっきはガンガン話してきてくれてたから、話題きれても薫ちゃんから話してくるかなって思ったから忘れてたけど、この子人見知りな感じだった)」
「(会話、終わっちゃった。どうしよ、話した方がいいよね。さっきまで盛り上がって、いきなり静かになられるとお姉さんも戸惑うよね。あ、しゃべって来ない……、みたいな。ああ、どうしよ、なにかあるかな、面白い話。ああ、全然思い浮かばないよー)」
「……」
「……」
「……」
「……」
「やばい、ペース崩れちゃった。わりとさっきの話が盛り上がっちゃったから、なんか話し初めがこっちまで緊張しちゃう。まあ無理に話さなくてもいいんだけど」
「どうしよ。やっぱりなんか話さなきゃだよね。でもしゃべるの得意じゃないし、お姉さんからも話しかけてこないからこのままで、いいのかな。いい、よね?」
「はい、終わりましたよ。これでお顔ふいてね」
「ありがとうございます。あっつ!!」
「あー! ごめん!! 大丈夫だった!? やけどしてない?」
「ああ! 大丈夫です! 肌弱くて熱いものとか冷たいものが苦手なんですよ!! お風呂とかも37℃くらいじゃないと入れないし! だから大丈夫です!」
「ほんとに? やけどとかほんとにない?」
「大丈夫です大丈夫です!」
「よかったー。ほんとごめんね! これくらいなら熱くないかな?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
「うん。じゃあ、戻りましょうか」
そういうと薫をカットしていた椅子に移動させる。綺麗に整った短い黒髪は、ドライヤーの風でふわふわと舞っている。次第に濡れた髪は、サラサラの触り心地の良い髪へと変わっていった。薫の周りには、先ほどのシャンプーとトリートメントの心地いい香りが、程よく漂っていた。
「はい。終わりました!」
「ありがとうございました!」
薫は自分の髪が写真で見た本田翼のヘアスタイルに変身していることに胸を躍らせていた。憧れのばっさーと同じ髪型だ。薫は思わず笑顔になっていた。その姿が微笑ましかったのか、カットを終えた女性スタイリストも思わず笑顔になっていた。
「薫ちゃん、その髪似合うね! すごく可愛い!」
「ありがとうございます! 私も気に入っています」
「それはよかった! あ、ねね、薫ちゃんって、誰か芸能人に似てるって言われない?」
「え? ああ、たまに言われます」
「もしかしてさ、広瀬すず?」
「たまに……」
「やっぱりー!!」
「……」
「いやー、来た時からなんか似てるなって思ってたの! 可愛いってよく言われない?」
「いやー……」
「いやー。薫ちゃんモテるでしょ?」
「いや、そんなことは……」
「またまたー。この髪型も似合ってるし! 広瀬すずに似てかわいいし! 良い子だし! うん! 彼氏さんは良い彼女を持ったね!」
「あのー……」
「ん? あ、どこか気になるところあった? どこ?」
「本田翼は?」
「……あ」
「そんなことがあったんだ」
「うん、もうね、がっくりきたよ」
「(がっくり……)でも似合ってるよ、髪。いいと思う」
「ほんと?」
「ほんとほんと。」
「うれしい!」
「うん。その店員さんには何か言ったの?」
「ううん、何も言わなかった。でも心では叫んでた」
「なんて?」
「本田翼やないんかい、話違うやんけ」
「(やっぱ言葉のチョイスが変わってる……)」