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洋楽好きなやつがみんな中二病だと思うなよ

お題「好きなバンド」

 

学生1「お前ら音楽、何聞く?」

学生2「俺はロック!」

学生3「俺はやっぱりAKBやね!」

学生4「僕もアニソンはよく聞く」

学生1「えー、お前らオタクすぎるやろそれww」

学生2「え? で、西山は?」

西山くん「あ、僕は洋楽も聴くよ」

学生1「え~! カッコつけんなってw」

学生2「中二やねw」

 

いやいやいやいや! カッコつけてないですやん!! 「洋楽=カッコつけ=中二病」って構図おかしいだろ!

 

割とこんな会話が学校内であったりする。中学生とかは特に多い気がする。大学に入ってもそんなこと言ってた人がいたから、やはりこの構図というか、考え方みたいなものを解明して、少しでも「洋楽好きって言える環境」広げなければ、好きなものを好きって言えなくなっちゃう! というわけで、この洋楽好きというと、なぜ少なからず「カッコつけ」だったり「中二病」だと思われてしまうのかを考えてみようと思う。

 

そもそも、「カッコつけ」や「中二病」というものがなんのかだ。なんとなくイメージはある。中二病の友人もいたから、「あー、あいつみたいな感じの人か」てな感じで処理ができる。だいたい中二病はオタクであることが往々にしてある。しかし、これは全く別なもののような気がするのだ。確かに、「俺の右目がうずく」とか「俺に近づくな。この腕は少々暴れん坊だからな」とか、アニメ「中二病でも恋がしたい」に登場するキャラクターたちのような、いかにもな中二病は間違いなくオタクである。しかし、今回問題に挙がっているのは、「洋楽を聴く」という人が中二病扱いにされていることだ。これだけで比較すると、中二病感は全くない気がする。まあ、例があまりにも極端すぎるからなのだが……。では実際の例から見てみよう。冒頭にもあったあの会話。ある休み時間に学生たちがしていた会話だ。ロックだとかアニソンだとかAKBだとか(3分の2がオタク意見なのはとりあえず置いといて)の中に洋楽好きの意見が出ると、突然扱いが変わった。この会話をしていた学生たちはおそらく、イケてない方の学生だ。僕には分かる。同じ匂いがするからだ。男子校で、女子と接することなく、代わりにみんなと仲良く2次元にいるキャラクターに興味を持ち、それがコンプレックスになりなおさら女子と会話ができなくなっていくという負の連鎖に巻き込まれてしまった男子学生だ。気持ちはお察しする。同じ穴の狢だからか、たぶん、ここに秘密が隠されているのかもしれないと感じるのだ。おそらくだが、洋楽も聴くと言ったこの子は、普通に邦楽も聴いていると思うしこのグループにいるということは、少なからず濃いオタクでなくてもアニメは見ているだろうなという感じの学生だ。見た目で分かる。同じ匂いがすら。邦楽も聴くが、敢えて洋楽と言ったのは見栄だろう。自分はこのオタクグループの中でも一線を画す人物だと、君らと一緒にされたくないんだという自己顕示欲もろ出しの意見だと思う。なぜそう思うのか。オタクという生き物は2パターンいる。「オタクであることを誇りに思うもの」と「オタクであることをコンプレックスだと思うもの」だ。このオタクグループもそういう図が出来上がっている。まずアニソンやAKBの曲を聴くと宣言したこの二人はまさしく前者だ。好きなものを好きだと言える本物のオタクである。これは別にバカにしているわけではない。むしろコンプレックスに感じるオタクからしたら羨ましいのだ。胸を張って私はオタクですと言い切れる勇気に憧れる反面、周りの目が気になりひた隠そうとする、逆に陰湿に感じるのが後者だ。ロックだと言い切ったこの子は後者の人間だろう。いや、本当にロックが好きなのだろう。が、アニソンやAKBが好きという二人をどこか鼻で笑ったような、勝ち誇ったような顔をしている段階で、君は後者なのだよ。なぜ分かるのかって? 僕がそうだったからだよ。そして一番面倒なのが、最初に「音楽、何聞く?」と聞いてきたこいつだ。これが一番のコンプレックスの塊だ。このグループはそれまでの会話を聞いていると間違いなくオタクグループである。同じ匂いがする。このメンバーがみんなアニメが好きだという事は彼らの中で共通認識のはずが、なぜか、口火を切った彼だけが一番上にいるような立ち振る舞いをする。「お前らより俺はオタクじゃないから」みたいなオタクのくせにオタクをバカにしたような態度をとっている彼が最もめんどくさい。どうせこの子もアニメやゲームやマンガが大好きなのだ。恐らくアニソンも聴いているだろう。しかし、彼からすれば、自分の好きになったものが残念なことにコンプレックスに感じてしまっているのだ。好きと言えばそれで終わるのに、周りからの反応や女子から気持ち悪がられることの恐怖心に勝てないのだ。「アニメが好きだ、俺はオタクだ」という宣言で、自分の人生も終わると思い込んでいるのだ。だから好きな話ができるグループは居心地がいいはずなのにそこですら、自分好きを100%出せないというジレンマさえも感じていると思う。一度そいう態度をとると、なかなか自分も実は気持ち悪いくらいにオタクですと言い出しづらくなるのだ。当たり前だ。なにせ、そういう人をバカにしているのだから。今さら自分もそうでしたなんて言えるはずがない。プライドが、正直な気持ちを邪魔しているのだ。だから彼は、本気で好きなものを好きと言えず、でもこのグループでしか話ができないことも分かっているというジレンマに挟まれていると見える。だから「洋楽を聴くオタク」を異質なものと捉えて攻撃するのだろう。自分よりも「オタクじゃない感を出すんじゃない。俺が一番オタクじゃないんだから」そんな悲しいプライドが今も見え隠れしていて、昔を思い出してしまう。前の記事でも書いた「サッカーの強豪校に入部するとオタクじゃなくなる」状態と一緒だ。洋楽が好きだという彼がどうこうではなく、それに対して、あーだこーだいう側こそが本当のカッコつけであり、中二病かもしれない。

 

とまあ、こんな感じで僕の経験から勝手に人の話を解析していったのだが、この結論には問題があるのだ。まず、「本当に洋楽好きと名乗る中二病がいる」という事だ。「俺、とりあえずジャズが好きなんだよね」「JPOPとかよりも洋楽の方がカッコいいし」などと話すやつもいる。いや、とりあえずジャズってなんだよ。生ビールみたいな言い方すんな。JPOPもカッコいいわ。洋楽聴くようになったからって邦楽全般をバカにしてんじゃないよ。そう、本当に質の悪いのはこういうやからだ。「洋楽を聴く俺、カッコいい」感を自分だけに留めるなら問題はないのに、それを人に当ててくるのだ。洋楽のカッコ良さを知り、日本の音楽をバカにし出すことがいわゆる「洋楽好きの中二病」だ。これだけはなってはいけない。まだ「右手が……」とか言ってる方が可愛げがあるが、やはり人の好きなものを自分の物差しで測ってバカにするのはよろしくはないと思うのだ。僕自身も「ジャミロクワイ」の「Virtual insanity」という曲がカッコいいと思い、それが好きだというと「メジャーすぎてダメやね」と言われたことがある。ん? 何がダメなの? と本気で思ったが、彼の中では、自分はもっと洋楽を知っているということを伝えたかったのだと今になって思う。そのあとに彼からオススメだと言われた曲を聴いてみると、いやはや意味がわからないものばかりだった。イギリスのまだインディーズのバンドで下手じゃない? と思うようなものばかり。それがどうこうではないが、見栄を張りすぎて明後日の方向に突き進んでる彼を誰か止めてくれたのだろうか……。こんな感じで、本当に洋楽好きの中二病も存在しているのでここは注意しておきたいところだ。

そして、この中二病と思われてしまう問題で僕が最も言いたいことがある。それは、容姿が関係しているということだ。これは非常に考えなくてはいけない問題だ。どういうことか。以前、「人は見た目が9割」という本が新潮新書で出版された。この本は大ヒットし、僕も読んだが、すごく興味深い本だった。そのタイトル通り、人の性格や人格は見た目からもうかがうことができるという感じの内容だ。やはり外見や容姿というのは内面がにじみ出てくるようで、内面にないものを着飾ろうとすると、周囲が違和感を感じてしまうのだ。この内面と外見のギャップが洋楽好きが中二病と思われる問題の鍵になると僕は思うのだ。例えばの話をしよう。すごくハードボイルドな男性が、一人でオシャレなバーでウイスキーのロックを飲みながら、ジャズを聴いているとする。この状況はすごくすんなりと入ってくる気がするのだ。なんというか、男性とシチュエーションが合ってる、マッチしているみたいな。そこでもう一つの例。先ほどのようなまさにオタク! と思える恰好をした学生たちが一緒に家でマンガを読んでいるとする。あまりにも静かなので、音楽をかけるのだが、そのチョイスがジャズだった場合、何か違和感を感じないだろうか。マンガ読むのにジャズ!? となると思う。残念ながら、これは実際にあったことの例だ……。このように、そのシチュエーションだったり、聞く人の恰好や外見は少なからず、いや、大きく中二病と思われるかそうでないかの違いに関わってくると思われる。大学の友人の一人に、ホストみたいなやつがいた。話してみてもチャラくて、誰がどう見てもホストにしか見えなかった。しかし、めちゃくちゃオタクなのだ。アニソンはガンガン歌うし、アニメのキャラの話をすると、ホント引くくらいテンション上がるし、アラームもアニメに登場する女のコの声で「も~。早く起きないとお仕置するぞ!」なんてしてしまってるほどのやつだった。しかし、そんな一面を出さなければオタクだなんて誰も思わないのだ。彼の本性を知らない人からすれば、彼が洋楽を聴くと言えばすんなり受け入れるだろう。しかし、彼と同じ中身で、圧倒的に見た目がオタクな人が、洋楽好きですと言えば信じはするだろうが違和感を感じると思う。洋楽よりアニソン聞いてそうと思われるだろう。そう、これが人の容姿による印象の違いなのだ。やはり、人は見た目が9割なのかもしれないと思わされる例である。洋楽好きが中二病であるか問題は、このようなことも関係していると言ってもいいかもしれない。つまり、洋楽というジャンルは変な偏見みたいなものがあるのではないかと僕は思っている。僕もオタクだし、アニソンも聴くけど、同じように邦楽も洋楽も聴く。吉田兄弟のような津軽三味線だって聴く。僕が学生の頃よりは薄くなったかもしれないが、もっともっと、洋楽を好きという人に対して、みんな優しくなってもいいんじゃないかなと、切に思う。

あの学生は、どんな洋楽聴いているんだろうか。