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オマエハダレダ

オマエハダレダ

 

嘘をついた。その嘘は、小さな嘘だった。ほんのイタズラ心についた嘘だった。

 

そして、いまだにわからないことが一つだけある。

 

“あいつ”は誰だったんだ。

 

「昨日のあれ見た? 世にも奇妙な」

「見た見た! 怖かったよねー。でも本当にあった怖い話の方が私は怖かったよ」

「あー、あの車の事故のやつとか、救急車のやつとかヤバかったよね」

「救急車のはやばかった! もうサイレン聞けなくなるよね。聞いたらあいつが出てきそうで怖いもん」

「久々に怖かった」

 

口々に昨日のホラー番組の感想を言い合っている。夏になってくるとなんとなく多くなってくるホラー番組は、もはや風物詩と言ってもいいほどに浸透している。僕は番組でやっているようなホラー体験なんてあるわけないと思っているし、そもそも幽霊なんて今まで見えたことないから、にわかに信じられない。でも、こうやって周りのみんなとあれがどうだったとかの感想を聞くのはすごく楽しい。人はどんな時に怖いって思うのかが、少し見えるからだ。そうしたら、怖い話の1つや2つ、簡単にできるんじゃないかと思っている。この時期は、何かと怖い話が上手いやつは注目される。誰の話が一番怖かったかなどを決めるくらいうちの中学校の生徒は、怖い話を怖い怖いと言いながらも好んで聞いていた。怖いもの見たさというか、怖いもの聞きたさ? というところか。

 

ある日の昼休み。

「ねね! 明日さ、やらない? 毎年恒例のやつ」

「おー! 待ってましたその一言!」

「いいね。今年もやろやろ!」

「場所は大嶽神社?」

「うん! 時間は夜の8時ね。もちろん、みんな考えてあるよね?」

「そろそろだなーって思ってから準備してるよー」

「今年はとんでもないやつ考えたからみんな泣くなよ?」

「あんたそれ小学校の頃から言ってるけど、毎年全然怖くないじゃん」

「確かに! リキトの話は毎年つまんねーもんな」

「今年はやばいけん! 見とけよ! ビビんなよ!」

「いや見とけよじゃなくて、聞いとけよ、でしょそこは」

「確かに!」

「ハルキ! 確かに確かにうるせーよ!」

「あ、確かに」

確かに、あれはハルキの口癖だな。……あ。

「どうしよう、まだ全然考えてなかった……」

ユウコは毎年、感動のできる怖い話を考えてくる。が、今年は受験生ということもあるせいか、小学校から続いているこの遊びを忘れていたのか。真面目だ。

「大丈夫よ、まだ明日の8時まで時間あるから、それまでに考えておけば問題ないから」

「うん、頑張る」

「今年も期待してるからね!」

「もー、ハードル上げないでよー」

「あはは! みんな、分かってるとは思うけど、別に絶対怖くないとだめってことじゃないからね。不思議な話とか、幽霊との感動的な話とかでも大丈夫だから」

「おっけー!!」

もうみんな何年も続けているので要領やどんな話がウケるかは、なんとなく分かっていた。だから、みんなそれを上回る話を考えることに必死だ。

「んじゃあ、今日はみんなよろしくー!」

そう言い終わると、小走りで教壇から自分の席に戻ったアスカは、明日のことを考えているのだろう、ワクワクした笑顔でノートを開いた。

「明日か―」

「なに? テッペイも考えてなかったわけ? あんたはちゃんと考えとかないとだめでしょ。実行委員なんだから」

「勝手に入れたのはアスカだ。誰も入りますなんて言ってねーよ」

「バカね。大嶽神社の若神主が何言ってんのよ」

「あれは手伝いだ。神社の仕事なんてやりたくてやってんじゃねーよ、バカが」

「あんたは本当に白状ね。ウチのおじいちゃんがいなかったらテッペイは一人ぼっちだったのよ」

 

うちの家、というより、アスカの家には両親はいない。アスカの母さんはファッションデザイナーでパリに、父さんはアメリカに転勤という感じで日本にいない。アスカの父さんも母さんも毎年ちょこちょこ帰ってきているし、正月や、アスカの誕生日などの祝い事には必ず帰ってくるいい両親だ。羨ましい。

それにひきかえ、うちの両親はほったらかしもいいとこだ。母さんは、キャビンアテンダントでいろんなとこに飛び回り、父さんなんか全世界で写真を撮りまくっている。それも普通の風景写真だけじゃなく、心霊写真も。まあこれは趣味らしいが悪趣味すぎるだろ。俺が変態と言われるのはこの父さんの悪趣味な血が混じっているからに違いないだろう。

 

小学校5年生のときに両親が海外に行くことになり、向かいに住んでたアスカの家に引き取られた。アスカのじいちゃんは俺を本当の孫のようにアスカと分け隔てなく接してくれた。厳しくも明るくてユーモアがあって、この町で人気の神主だ。ちゃんと感謝してる。

 

「別に頼んでねーし、一人でも生きていけるわ!」

「カッコつけてばっかね、思春期か!」

「悪いか! 思春期で悪いか!」

「すかしてんじゃないわよ。そういう態度取ってもカッコいいのはイケメンに限るのよ。あんたがすかしてカッコつけて、けっ、世界は理不尽だぜ! なんて言ったってね、ダサいのよ。ナルシストみたいでキモいし。そもそもテッペイ子供っぽいし」

きも……い? おれが?

「アスカ、痴話喧嘩もいいけど、今のはわりと思春期の男の子には堪える言葉だったと思うよ」

え? 俺って、ダサくてきもかったの?

「あーほら、テッペイ君めちゃくちゃへこんでんじゃん!」

「大丈夫よ。すぐ調子に乗るんだからちょっとはガツンと言っておかないと止まんなくなっちゃうから」

「「扱い慣れてる……」」

「ユウコもあんまりテッペイを甘やかしちゃだめよ? こいつ止まんなくなるから」

「べ、別に甘やかしたりなんか……!」

「おーいテッペイ。次の授業の体育、お前先生に手伝い頼まれてたろう? 行かなくていいのか?」

「はっ! 忘れてた!!」

「早くいかねーとまた怒られるぞー」

「サンキュー、ショウタロウ!」

「おー」

俺は体操服に着替え、

「ちょっと!! 女の子の前で普通に着替えるな!!」

「いたっ! 殴るなよアスカ! 一大事なんだよこっちは!」

「あんたがちんたらしてるのが悪いんでしょ!」

「テッペイ君、着替えるなら早く服きてー!」

「あんたユウコを困らせてんじゃないわよ!」

「あーもう、すぐ着るから!」

「ほら着替えたらさっさと行く!」

「分かってるって!」

俺はなぜかアスカに叩かれながら教室を後にし、体育館にダッシュした。

 

 

「結局怒られたな」

「ショウタロウ、だまれ。リキトもなに笑ってんだよ。そんなに人が怒られるのが面白いか」

「まあ、少なくともいつも人の怖い話をニヤニヤしながら盗み聞きする変態が怒られるてるの見るのはおもしれーよな」

「あはは! 確かに!」

「お前ら質が悪いな……」

「コラそこの4人! ちゃんとやれー」

「「「「はーい」」」」

「なあ、みんなどんな話しする?」

「教えるわけねーだろバカか」

「確かに」

「俺は今年も幽霊系の話するかな」

「ショウタロウはそれが得意だもんな」

「鉄板ネタがあるっていいよなー」

「あれ? テッペイ考えてねーの? 珍しいな」

「ん? あー、何個か考えちゃいるけど、どれもイマイチで怖くねーんだよな」

「んじゃあ、今年の優勝はもらったな!」

「リキトの話じゃ無理だろう。」

「ははは! 確かに! 確かに!!」

「ハルキ、てめーなんで二回も言うんだよ!」

「まあ、どちらにしてもテッペイがスランプなら俺も今度こそ優勝できるかもな」

「お前らに負けるとか絶対嫌だから、死んでも怖いやつ考えてやる!」

「死んだら怖い思いをしそうにないと思うんだが?」

「確かに……」

「いいんだよ、今のは例えだから。そういうところを刺してくるな」

「ま、楽しみにしてるぜ、2連覇さんの話をよ」

 

 

「はあー、今日も学校疲れたー」

「ちょっとテッペイ!」

「分かってるよ」

俺はリビングの大きなソファーから身体を起こした。起こしたくはないのだが。キッチンに向かい、夕飯の準備に取り掛かる。とりあえず、俺は米を炊くことしかできないのでそれに専念する。アスカはこの家の家事全般をこなしている。炊事・洗濯・掃除、その上、うちの神社の巫女仕事までこなして、勉強にも抜かりはない。化けもんだ。

「今日おじいちゃん神主さんたちの集まりで帰り遅くなるって」

「あ、じゃあ、じいちゃんの分いらない?」

「うん。ご飯食べてくるって言ってたから。たぶんお酒も飲んでくると思う」

「思うっていうか、絶対だな。またベロベロに酔ったじいさん相手するのはしんどい……」

「あはは、そうだね。あ、テッペイさ、明日の話、まだ考えてないの?」

「んー。あんまり怖くないんだよなー、考えてるやつ。なんか、毎日が平和すぎて、そういうの考えるの難しくなってるのかも」

「なにそれ。平和でいいじゃないの。じゃないとこんなバカみたいな企画できないわよ」

「正論すぎて何も言い返せませんよ」

「じゃあ、今年の優勝は私ね!」

「それは癪だから絶対阻止する」

「なんでよ!」

「絶対しばらくの間は、俺に勝ったことをネタにされるのが目に見える!」

「それはするでしょ」

「あっさり認めやがったな……」

「連覇してる変態を陥落させるのって、絶対気持ちいいと思うもの!」

「変態言うな!! ん?」

 

【次のニュースです。昨日、小竹市南区で女性一人が殺害される事件がありました。女性は同じ南区に住む大学生、平理恵さん21歳です。平さんは首元を刃物のようなもので切られ、また頭部には鈍器で殴られた形跡があり、左手の薬指が切断されている状態で発見されました。警察は、先週から続いている殺人事件と似た犯行のため、同一人物の犯行も視野に入れ調査を進め、男の行方を追っています……】

 

「またか」

「怖いよね。早く捕まらないかな」

「まあ小竹市はここから離れてるし、こんなド田舎に来ないだろ。この殺人事件、小竹市だけで起きてるし」

「そうだね。早く捕まってしまえー……」

「念じても一緒だろ」

「しないよりマシよ」

「そんなもんかねー」

 

先週から続いている連続殺人事件。殺された人は全員学生という共通点以外、無関係ということだから、学生を通り魔的に、無差別に殺しているんだろう。事件が起こり続けている小竹市では全校で集団下校が行われている。目撃者もいるらしく、30代くらいの細身の男で、身長はかなり高い。おそらく180cmはあるのだろう。首を切って、頭を殴る。反対もあるが、どちらにしてもスッパリ一撃で切れる刃物と金属バットのような軽くて振りやすい武器を持っているんだろう。物好きがいたものだ。あれ? なんか俺、探偵っぽい?

 

「なにニヤニヤしてんのよ。不謹慎にもほどがあるでしょ。いくらあんたが怖い話の変態でもそれはさすがに引くわよ」

「い、いや、なんでもないし! あと変態って言うな!」

 

次の日の放課後。第5回怖い話選手権が始まるこの日、一旦みんなは家に帰宅後、ご飯や風呂を済ませ、部活があるやつは、部活終わりに直接うちの大嶽神社の境内に集まる。この選手権が行われる間、大嶽神社の神主であるじいちゃんが俺たちの面倒を見るので、友達の親たちも夜に子供が出かけるなんて! という心配で行かせられないということはない。帰りは俺とアスカとじいちゃんでみんなを家まで送り、3人で散歩しながら家に帰る、というのが毎年の流れだ

 

この大会は、俺が一人になったことを気にかけてくれたアスカとじいちゃんが、俺の好きなことができる日を作ろうという、なんとも感謝しきれないほどに嬉しい提案で生まれた。

俺が興味あったことが、父さんの血を受け継いだオカルトや、サバイバルゲームなどのグロテスクなものだったので、肝試しも兼ねて、怖い話大会をしようというのが始まりだ。

しかし、3人じゃすぐ終わってしまうので、アスカがクラスのみんなも誘ったことで、毎年夏に田舎の中学生で行われる恒例行事となった。

最初は6人とかの少数だったが、徐々に増えていき今年の参加は過去最高の34人。おかげで最近は賑やかで楽しく終われているし、俺が3年連続で優勝するもんだから、テッペイを陥落させてやろうとみんな意気込んでやってくる。みんなには悪いけど、今年も俺が優勝させてもらう。

 

「みんな集まったわね! 毎年増えてるからあと3年もしたら百物語とかできそうね!」

「来年からは俺らは高校生だから、アキ姉とかヒロ兄みたいな暇人以外は来れなくなるから、開催されるかも分かんねーぞ」

「「誰が暇人じゃコラ!! おいテッペイ! こっち見ろや!」」

「はいはい、アキ姉ちゃんとヒロミチ兄ちゃんも来てくれてありがと! 年長者の話、期待してるね!」

「とっておきの持ってきたから、任せておいて!」

「俺も高校で仕入れた話をミックスした、最強のやつ持ってきたから、チューボーども、ちびんなよ」

「ふん、逆にちびらせてやるよ、ヒロ兄」

「んだとこら」

「はいはい、それはみんなが決めるから、そこらへんにして」

「ルールは、いつものでいいのか?」

「そうね。初めての人もいるから、簡単に説明するね。まず、一番話が面白かった人が優勝ね。お話しというのは、基本的に“オカルト”や“ホラー要素”が入っていればなんでもいいです。そして、1人が話し終わった直後に、後で配る紙に10段階で点数評価を付けてもらいます。で、最後の人の評価を付け終わった段階で集計になります。合計点数が一番高い人が優勝! こんな感じかな。難しくないでしょ?」

 

アスカの説明でみんながだいたいのルールを把握したと思われるので、俺は、さっきアスカの説明にあった点数を書くための紙をみんなに配る。

 

「みんな行き渡ったわね。じゃあ、始めましょうか! それでは若神主、始まりのコールを!」

 

これが一番面倒で、恥ずかしいから毎年やりたくないって言ってるのにこの女は……!!

 

「はい、じゃあ、【テッペイの3連覇を阻止せよ! 第5回大嶽神社怖い話選手権大会】、スタート!! 悪意があるだろこれ!!」

 

毎年このタイトルコールはアスカが考える。

「変りもしない普通のタイトルコールなんてつまんないじゃない」

その一言で、俺は言わされる直前まで何が書いてあるか分からない。にしても、そんなに悔しいなら点数低くかけばいいのに。

みんな、素直で正直だから、怖いものには怖い、面白いものには面白い評価をちゃんとくれる。いい人たちだ。だからこそ、今回も優勝は俺がいただくけどね。

 

みんなが大きな円を作り、その真ん中に鉛筆を立てる。倒れた鉛筆の芯の先にいる人から話し始める。今回は、アスカからだ。てことは、時計回りで話し手を回していくから、トリは俺か。

「おっけー! じゃあ、話すね。 これは、昔から続く言い伝えの話なんだけどね……」

アスカが話し始めた。今年の怖い話大会が始まった。みんなそれなりに怖い話だったり、感動できるものだったり、不思議体験を話していく。

 

半分を超えたくらいで、回ってきたのはショウタロウ。今回、これまで一番怖かったのは意外にもハルキの話だった。まあ、ここら辺は第1回からいるので、だいぶ上達したのだろう。ショウタロウが話し始めて、そろそろクライマックスというところで、俺の後ろの草が生い茂ったところから微かに“カサカサ”と音がした。

 

ここはド田舎だし、イノシシやシカなんかは普通に現れる。後ろにいるのもおそらく動物だろう。

 

しかし、様子がおかしい。ショウタロウの話が終わって、次のやつが話し始めても、草むらから視線を感じる。いつもの動物ならば、こんな視線は感じないし、視線が少しきついというか、なんだかすごく凝視している感じがする。

ショウタロウの次のやつも話し終わり、アスカが、

 

「はい、じゃあ、一旦ここで休憩を取りましょう」

 

休憩タイムに入り、俺は草むらの方を向く。そして、少しづつ近づいていき、草むらをのぞき込んでみた。

が、そこには誰もおらず。視線も、もう感じなくなっていた。気のせいか。

休憩が終わり、再開された怖い話大会も、いよいよ俺の番だけになった。準備していた話があったが、さっきの気のせいに感じたことを話すとしよう。

 

「さっきさ、ショウタロウが話してるときに気付いたんだけどさ、俺の後ろから、カサカサって音がしたんよ。まあ、いつもの猪とか鹿やろうなーって思いよったんやけどさ、アンナが話し始めても、そこから視線をずっと感じるんよ。なんか、凝視してるというか、狙われてるような視線を。で、さっきの休憩タイムに恐る恐る見に行ってみたんだけど、そこにはもう何もいなかったんよ。そこから視線も感じなくなって」

「え、今は?」

「今も感じない。でも、もしかしたら、まだそいつは近くにいて、俺らを狙ってるのかもね」

「何のために」

「もちろん、殺して、指をコレクションするためにやろ。あの学生連続殺人の犯人みたいに。だから、次に狙われるのは、この中の女子かもね。……気を付けて帰りなよ」

 

我ながら怖い話だと思う。幽霊や妖怪ではなく、現実の、しかも現在実際に起こっている事件を、さっきの不思議体験とミックスさせた話。作り話とはいえ、リアルがゆえに怖い。いやー、これは優勝もらったわ。

 

「うわーやられたー! まさかここまでリアルに寄せてくるなんてな」

「あー、俺もこれが一番怖かったな」

「そうだろうそうだろう。テイストをいつもと変えてみてよかったよ」

「ねえ、テッペイ君。その話、嘘だよね?」

「ん? なにが?」

「いや、その、連続殺人の犯人がここにいるっていうの」

「噓に決まってんじゃん。こんなド田舎に物好き殺人犯が何しに来るのって話よ。第一、事件が起きた小竹市はここからかなり離れてる。昨日の今日でここに来るとか、考えづらいでしょ」

「そう、だよね」

「そうそう、これは作り話なんだから、全部信じたら身が持たんよ」

「うん、そうだね! もう気にしない! あー怖かった……」

「じゃあ集計しまーす!」

 

ユウコの不安が拭えたところで、アスカが集計タイムに入る掛け声をかける。

集計が終わり、発表が始まる。順位は、3位、2位、1位の順番に発表される。

「まずは、第3位から! 第3位は……、ハルキ!!」

おー、ハルキの話怖かったもんな。腕上げたな。「確かに」しか言えんやつだと思ってたが。

「続いて第2位は……、アキ姉ちゃん!!」

「まじかー! また準優勝かー!」

アキ姉は去年も準優勝だった。正直、めっちゃ話すのが上手いから、普通の怖い話も、めちゃくちゃ怖く感じる。いつか優勝するとしたらアキ姉だろうな。ということは……。

「そして、今回の優勝は……3連覇おめでとう! テッペイ!!」

「くそ、また負けた!」

「あの話は反則だろ!」

「ひひひ、言ってろ言ってろ」

「むかつくなー」

「次こそは陥落させてやる」

みんな悔しそうに俺の優勝にケチをつける。ざまあみやがれ。そうやって、みんなの話の感想をあらかた言い合ったところで、

「はい! 今回も集まってくれてありがとうございました!」

「それじゃあ、みんな、帰るぞー」

おじいちゃんも家から出て来て、みんながひとまとまりになって集団帰宅という名の散歩が始まる。みんなでワイワイしながらこうやって歩くのが、俺は案外好きだったりする。みんなと楽しく過ごすこの時間が、いつまでも続くと、そう思っていた。

 

次の日の朝、ユウコが学校を休んだ。

なぜ学校に来なかったかは、帰りのホームルームで分かった。

「お前らに話すことがある。ユウコのことなんだが、今朝、ユウコは登校しに家をちゃんと出たらしい。ユウコの家に連絡してそれが分かった。今、警察にも捜索願を出して探してもらっている。すぐに見つかるとは思うが、一応念のために、今日からしばらくの間は集団下校にする」

 

ユウコが、いなくなった。学校をサボる子じゃない。すごく真面目で、気が弱くて、でもすごく優しい。

そんなユウコが、突然消えた。そして、すごく嫌な予感がする。

 

「ねえ、テッペイ。ユウコのことだけど」

「大丈夫じゃねーの? 意外とふわふわしたところもあるから、ウリ坊でも見つけて可愛すぎて学校行くの忘れてるんじゃねーの?」

「ちゃんと答えてよ! ホームルームからずっと顔が怖いよ。ねえ、何か思い当たることがあるの? 教えてよ」

「いや、俺も分かんないって。でも、昨日の俺の話が、もし本当だったら、って考えると、なんか、怖くて」

「連続殺人犯のこと?」

「うん。こんな遠くて田舎なとこに来るわけないって思ってたけど、正直可能性はゼロじゃないなって」

「……」

「もしかしたら、昨日俺が感じた視線って……」

「え? でもあれ、作り話だったんじゃ?」

「草むらから物音がしたのは本当だよ。あれ以上ユウコを怖がらせたくなかったから、全部嘘だったみたいに話したけど、そこは、本当にあったこと」

「なんでホームルームのときに先生に言わなかったの!?」

「だって、草むらにいた何かが、そいつだって確証なかったから」

「もう! ばか! とりあえず、学校に電話してみる!」

「うん」

アスカが学校に電話して、俺がさっき話したことを伝えている間、俺は昨日、視線を感じたあの草むらに向かった。

草むらの中に入ると、やはりそこには誰もいなかった。

 

「まあ、いるわけないか……、ん?」

 

緑一色の草むらの中に、白っぽい何かが目に入った。

 

「……っひ!!」

 

指。

 

心拍数が跳ね上がる。人は本当に恐怖を感じると声が出ないなんてことを考える余裕は、今ない。全身の血管に氷が流れているような冷たさ、寒気を感じ、震えが一気に襲ってきた。

すると吐き気も襲ってくる。次々といろんなものが押し寄せて俺の目の前にあるこの光景が現実であることを知らせてくる。

 

なんでこんなものがここに落ちているのか、そもそもこれが指であるということを理解するのに時間はかからなかった。

 

「あ、あいつだ……」

 

じいちゃんにこのこと報告しなくちゃ、と思う気持ちとは裏腹に、身体が動かない。

ショックで腰が抜けた。どうにか動こうとするが、身体は言うことを聞かない。もがいているとアスカが俺を探しに来た。

 

「テッペイ? 何してるの?」

「く、来るなっ!!!」

「え!?」

「じいちゃん呼んできて」

「ん、なに? どうしたの?」

「いいからっ!! 早く!!」

「う、うん、分かった!」

落ち着け。落ち着け俺! 怖いものとかグロテスクなものは腐るほど見てきただろう。

これがまだユウコのものとは限らない。大丈夫だ。まだ、大丈夫だ。大丈夫、大丈夫。

 

そう自分に言い聞かせながら深呼吸を何回もした。そうやって無理やり自分の心を落ち着かせることしか今の俺にはできない。いや、結局落ち着かせることはできていない。心拍数は上がりっぱなし。震えも治まらない。くそ。

「どうしたー! テッペイ!」

じいちゃんが走ってくる。俺は事情をすべて話した。じいちゃんはすぐに警察に電話した。アスカはショックで過呼吸になっていた。指を見たわけではないが、その指がユウコのだと思うとパニックを起こした。

 

「まだユウコが襲われたって決まったわけじゃないだろ!」

「ユウコ……ユウコ……」

 

泣きたいのは俺も同じだ。でもここで俺まで泣いてしまったら、どうしようもなくなってしまう。

 

「アスカ、大丈夫だから。ユウコは大丈夫だから、心配すんな」

「うん……ユウコ……ユウコぉ……」

 

俺がしっかりしないと。

ほどなくして警察が到着した。昨日の夜に感じた視線のことから見つけた指のこと、ユウコのこと、知っていることを全部話した。

 

警察が帰ったときには、もう完全に陽が落ち、あたりは真っ暗になっていた。

 

「もし、あいつだとしたら……」

 

なぜそんなことを考え始めたのかは分からない。

……いや、分かっていた。見つけ出そうとしていた。ユウコを。

自分の中で後悔があった。どうしようもないことだけど、俺があの話をしなければ、ユウコにちゃんと気を付けるように言っておけば、あの視線を感じていたときに草むらの中に確認していれば。どうなっていたかなんて分からないし、起きたことがナシになるわけじゃないことも分かっているし、俺一人が責任を感じることではないことも承知している。でも、そう思ってしまうんだ、どうしても。居ても立っても居られないんだ。

だから、ユウコを探しに行く。

 

リビングに行くと、じいちゃんの膝の上で泣きつかれたのか、静かな寝息を立てているアスカがいた。じいちゃんも慣れない警察との長い事情徴収で疲れたんだろう、首が落ちていた

ここで俺が何も言わずに出ていったら二人はかなり心配するだろうな。パニックを起こすかもしれない。アスカは特に、また過呼吸を起こすかもしれない。

「置手紙していっても、心配するよな」

でも、気持ちが焦らせる。今こうしている間にも、ユウコがひどい目に合おうとしているかもしれない。今行けば、ユウコは無事に帰って来られるかもしれない。そんなどこにも確証のない妄想が止まらず、もともと無いはずの行動力を掻き立てる。

 

「心配させると思うけどごめんね。でも、ここでユウコを探しに行かないと、俺、一生後悔することになると思う」

 

自分の気持ちを綴った手紙をテーブルの上に置き、俺は家を出た。

 

「首を掻っ切るナイフ、頭を叩き潰す鈍器は持ってるだろうな」

刺されても、殴られても勢いを吸収するために、真夏にも関わらずダウンジャケットを二枚着た。もちろん腹回りにはジャンプを巻き付けてある。頭殴られても一撃でやられないようにヘルメットも被った。振ったこともない金属バットに、ありったけの投げやすい石もポッケトに入れた。準備は整った。

 

「はたから見ると、俺が不審者だな。てか暑い!」

 

別に行く当てがあるわけじゃない。正直言うと、もし本当に“あいつ”なら一夜で遠方のここまで来たんだから、最悪、この町にはいない可能性だってある。もっと根本を言えば、中学3年生の俺が一人で立ち向かっても勝てるわけない。テレビでは細身だけど30代の男って言ってたし。スポーツ系の部活に入って身体を鍛えたわけじゃない俺が大人に太刀打ちできるわけない。しかも、向こうは武器を持っている。普通に考えたら分かることだ。

 

「いかんいかん! んなこと考えたら足がすくむ! 交戦したときのことは考えるな! まずは、あいつがまだいたとするなら、行きそうな場所を考えろ!」

 

あいつは人気がいないところで犯行を起こしている。当たり前だバカ。誰が人通りの激しいところで人を刺したりするか! いや、するやつもいるか。そいつはなぜそう考えたんだ。そんなの一発で見つかって捕まることが分かっている。捕まってでも殺したかった。殺すことが目的、てことか。もしくは、殺すことによって何かを発散させようとしたり、もう自分の人生なんてどうでもよくなったりすれば、捕まろうが何されようが関係ないのか。カッとなって殺してしまった場合も、人前で殺してしまう可能性があるけど、あいつは間違いなくそのタイプではないな。と、なると、捕まりたくない、見つかりたくないって心情が少なからずあるはず。当たり前だけど。

 

【-鈍器で殴られた形跡があり、左手の薬指が切断されていることから-】

 

指……。

そうだ、指だ。本当に集めてんだ。若い女の薬指を。

でもなんで薬指? 

 

「おい、そこで何している」

「!!!??」

「テッペイ?」

「ショウタロウ!? リキト、ハルキ!?」

「お前こんなところで何してんだ、ていうか、なんだその恰好?」

「お前不審者じゃねーかよ!」

「ははは! 確かに!」

「う、うるさい! お前らこそ何してんだよ」

「隠すなよ。ユウコちゃん探しに来てんだろ? 俺らも同じ」

「え?」

「あの真面目なユウコちゃんが親に内緒で学校休んで、どっか行くなんてこと、考えられねーもん」

「うん、確かに」

「テッペイ、その恰好に金属バットって、お前何かと戦いに行くみたいな感じだけど、何か知ってんのか?」

「い、いや……」

「教えろよ! 名に隠してんだ!」

「待てよリキト! ……テッペイ、ユウコちゃんに何かあったのか? 何か危ないこととか」

「……まだ、分からない」

「……何かあったんだな」

「俺らも協力するから教えてくれよ! みんなで考えりゃあ、何か分かるかもしれねーだろ!」

「確かに」

「話せないことなのか?」

「……ショックを受けると思う」

「……まさかとは思うが、」

「いや!! まだ死んでない!! と、思いたい……。」

「どういうことだよ」

「昨日、怖い話大会でした俺の話覚えてる?」

「ああ」

「草むらから物音がしたって言ったよな。あそこに……指が、落ちてた」

「「……え?」」

「お前が話した内容が、本当に起こった、かもしれないって、思ってんだな」

「……うん。あんな話、するんじゃなかった……。もともと用意してた話にしておけば、」

「テッペイ、それは関係ないと」

「言霊ってあるじゃないか!!」

「自分を無理に責めるな!! 第一、まだお前が話した内容の通りになっているとは限らない!」

「でも」

「俺らがついてる! 一人じゃない!!」

「そ、そうだぜ! 指がどうした! 俺の父ちゃんも小指無いんだぜ! もしかしたらテッペイが見た指は父ちゃんのかもしれねーよ!」

「あ、確かに!」

「んなわけねーだろ」

「……だよな」

「確かに……」

「でも、ありがとう。みんながいてくれるってだけで、だいぶ気持ちが違う。」

「それならよかった。アスカちゃんはそのこと知ってるのか?」

「うん。でもユウコのだ、って思い込んじゃって、パニック起こして過呼吸になった」

「……そうか」

「でも今はじいちゃんと疲れたのか寝てるよ。一応、このことは警察にも話してある。事情徴収されたから、知ってることは伝えてある」

「でも、居ても立ってもいられなくなったと」

「うん」

「よし! 事情は分かった。それで、テッペイはどう考えてるんだ?」

「俺は、あの指が薬指だったんじゃないかって思う。だとすると、今事件になってる犯人がこの町に来てて、俺らが怖い話大会をしていたあの場所にいた」

「お前が話した筋書きと同じってわけか」

「うん。多分その日に襲いたかったんだろうけど、みんなで家まで迎ってたから手が出せなかったんだ」

「だから、朝方だけれども一人になるかもしれない登校時間に犯行に及んだと」

「じゃあなんでユウコちゃんだったんだー? 昨日はユウコちゃん以外にも女の子はたくさんいたのに」

「確かに……」

「たしか、ニュースだと、殺人があった場所は、どこも人通りの少ない路地裏だったはず」

「なるほど。あの後、ずっと俺らの後をつけてたとしたら」

「そう、ユウコの通学路は路地裏だから人通りが少ないと思ったんだ」

「田舎だから朝から活発に動くような人は少ないもんな。じいさんばあさんたちは、基本昼からしか外でねーもん」

「指を切り落としているっていうとこも不自然だよな」

「それは俺も思ってた。しかも薬指ばっかり」

「左手、だったよな、薬指」

「うん、それがどうかしたの?」

「結婚指輪をはめる指だ」

「「「あっ!! 確かに」」」

「全員で言ったな……」

「でも確かにそうだよ! え? てことは、うん? どういうことだ?」

「俺も分かんねーぜ……」

「僕分かるかも」

「「「ハルキ!!?」」」

「え?」

「あ、いや、ハルキが日常生活、というか、普段自分から話すことないから」

「うん、確かに、しか言わないやつと思ってたから」

「確かに、って言っておけばとりあえず会話成立するから楽なんだよ。考えなくていいから」

「ハルキ、珍しくしゃべったと思ったら、お前最低だな」

「俺らを見下してたんだなコノ! なめやがって!」

「いやいや、君らこそ僕が 確かに! しか言わないやつだなんて失礼なこと言ったじゃんか。おあいこだよ」

「ちょっとちょっと、ストップ! ハルキのことはこれが解決してから聞こうよ。何か理由があるんだろうし。ハルキ、続きをお願い」

「あ、うん。結婚指輪をはめる指を落とすってことは、何かしらの原因で女性に対して恨み、或いはそれに近いコンプレックスがあるんだと思う」

「それ、詳しく言える? 全然分かんないんだけど」

「例えばさ、ストーカーが好きな子に告白して、振られたとするじゃん? で、見事にストーキングを開始するわけだけど、気持ちが強いと殺しちゃうような事件にもなる」

「「「ふんふん」」」

「となると、ここで気になるのが、なぜ殺したか」

「「「うん」」」

「おそらく、ストーカーは、殺すことによって、その人を自分の中で永遠のものにしようと考えたんだと思う。もちろん、恨みもあるだろうけど」

「ストップ!! 分からない。殺したら永遠のものになるってのが分からない」

「そんなもん、僕も分からないよ。頭がおかしいとしか言えない。ただ、そういう思想を持つ人が多いんじゃないかって。犯罪心理学の本に書いてあった」

「どんな本読んでんだよ」

「そして、本題だけど、ユウコちゃんって、髪長いよね」

「うん」

「身長も149cmでかなり小さいよね」

149cmかは知らねーけど、小さいな」

「顔はたれ目で、おっとりしてそうだよね」

「そうだな」

「そして、おっぱいも大きい」

「「「確かに! っておい!!」」」

「まじめにやれ!」

「まじめだよ。これ、殺された女性の特徴にかなり当てはまってる」

「え?」

「全部じゃないにしても、この特徴は、ほぼ一緒。おっぱいに至っては、全員大きい」

「ハルキ、おっぱいとかどこで分かんのさ。実物を見たわけでもないのに」

「なにを言う。ニュースで写真が出るだろ?」

「え!? あれで分かんの?」

「分からなかったら、SNSとかでアカウント調べて写真から導き出した」

「……え、ストーカーじゃん」

「違うよ!! ユウコちゃんがいなくなったから、万が一あの事件だったらって思って、ずっと調べてたの! なんでだろうって!」

「ハルキ、てめーってやつは……!!」

「ええい、やめろリキト! 抱きつくな!」

「それで! 他に何か分かったのか」

「うん。これらのことを踏まえても、テッペイの言う“あいつ”の可能性が高いよね。で、ここからは完全に仮説の話なんだけど、狙われた女性はあいつの好みの女性」

「おお、なんか探偵っぽいな」

「そういう女性に執着心があるんだよ、あいつは。ほら、犯人は高身長だって言ってただろ? 好きになるのって、だいたい自分とは反対のものを持ってる人を好きになるっていうだろ?」

「まあ、アスカとかは細いから好きってのはあるな」

「え!? お前アスカのこと好きなの!?」

「ばか! ち、ちげーよ!! なんか可愛いなって思っただけだバカ!」

「事件が解決したらリキトに事情徴収だな」

「めちゃくちゃ気になるけど先、進めていい?」

「「「あ、どうぞ」」」

「どこまで話したっけ?」

「えーと……」

「忘れちまったじゃねーかよ!」

「「「お前のせいだろうが!!」」」

「ごめん」

「あ、自分とは反対の人を好きになるってやつだ」

「あ、そうそう。で、おそらく細身の高身長なら、小さくてむっちり巨乳がタイプでもなんとなく合点がいくだろ? あくまで仮説だけど」

「確かにな」

「薬指は婚約指輪をはめる指。つまり、永遠の愛だったり、深い絆だったりを意味しているわけじゃん」

「うわ、そこの愛情表現ってわけか……」

「完全にストーカーだな。てか、陰湿というか、根暗だろそいつ!」

「そういうことになるかもな」

「あ、待って。根暗でそこまで陰湿で、ストーカーで、コソコソ人目のつかないところで首を切って……あ」

「え? 何か分かったのか!?」

「あ、いや、俺が今やってるサバイバルゲームの主人公の殺し方に似てるなーって」

「え? あの俺にも勧めてきたやつか?」

「そうそう」

「それ僕もやったことあるけど、確かに近接攻撃で、そんな倒し方があったね。後ろから近寄って首を絞めて、ナイフでザクッと」

「そう、なんかそれが今頭ン中で出てきて」

「いい線いってるかも……」

「どういうことだよ?」

「いや、あくまでも俺の考えだが、そいつ、そのゲームやってんじゃないかって」

「え?」

「決めつけるわけではないけど、今の俺らの中で共有してるあいつって、割と引きこもりみたいなタイプだろ? 違うか?」

「「「いや、割とそんな感じ」」」

「だとすると、ゲーマーの可能性も出てくるよな」

「うん! うん!」

「そいつもテッペイとハルキがやってるやつと同じゲームをしているなら、首を切る意図につながる。つまり、あいつは、ゲームの真似をしている」

「なるほど」

「でも鈍器で殴ってあるよね」

「それはおそらく後ろから近付いて、強引に首を絞め、ナイフで掻っ切る、というのが単純にできないんだと思う。かなりの力の差か高い技術力がないと無理だと思うし、引きこもりの細身のゲーマーなら、そんなに力も強くはないはず」

「そんなやつより、うちの父ちゃんの方が何百倍もつえーぜ!」

「下手すりゃ、リキトの方が強い可能性もあるかも」

「まじで!?」

「いや、それは言いすぎた。危険だからその考えは忘れてくれ」

「まあ、そうだよな」

「俺はいつでもやれる準備しとくぜ!」

「できれば交戦は避けたいな」

「うん……」

「明らかに自分よりもか弱そうな女性を襲うのに刃物と鈍器を用意するくらいだから、力には自信がないんだろう。それに、自分のことを分かって準備しての犯行だから、割と考えて行動するタイプ」

「慎重なやつかもね」

「まず鈍器で殴って弱らせたところで首を切る。殺した後に指を切って持ち帰る」

「ねえ、今思い出したんだけどさ」

「なに?」

「そんなに指を集めることに執着したやつならさ、落とした指、探してるんじゃない?」

「「「あ!!?」」」

「指は警察に渡したんだよな!?」

「うん。でもあいつはそれを知らない」

「もしあいつがコレクションしている指を持ち歩いてるとしたら」

「落としたかもしれない場所に」

「「「「 探しに来る!!!! 」」」」

「もしあいつが本当にあのとき、あの草むらにいたのなら」

「絶対探しに来るはずだぜ」

「手がかり、ゲットだな」

「行こう!」

「「「うん!」」」

4人、走り出す。

「ちょっと待って!」

「なに!?」

「警察に言った方がいいんじゃ」

「確かにな」

「でもこうしてる間にも来てたら」

「分かった、僕が警察に連絡してここで待つ」

「ここで待たなくてもよくないか? 神社の前で待つとか」

「あいつは、割りと考えて行動する。昨日ずっと俺らを見ていたなら、テッペイがあの草むらに一度確認しに行ったことも見ているはず。だとすると、ユウコちゃんがいなくなってテッペイが真っ先に疑うのが自分だということも分かっているだろう。

「分かりそうで、あと一歩分かんないな」

「つまりな、テッペイがあの神社の人って知ってるとするなら、ユウコちゃんがいなくなった後、テッペイがあの草むらを探すことは、あいつの頭にあると思うんだよ」

「あ、つまり、指が見つけられてるかもしれないと思ってる?」

「うん」

「そっか!」

「いやよく分かんねーって」

「リキト、お前ほんとバカだな」

「なんだと!」

「まあまあ! つまりな、探しには来るだろうけど、“あいつ”は、自分が戻ってくるかもしれないってことがバレてる可能性も、ちゃんと考えてるってことだよ」

「あ、じゃあ、かなり警戒して探しに来るってことか」

「そのとおり」

「俺ならそんなに考えられるんなら、戻ったりしねーけどな」

「あいつは好きな女性への執着心が強いやつだ。人殺してまでして手に入れた、好みの女性の薬指だ。何が何でも探すだろ。最初に言ったろ。ストーカーは頭がおかしいって。僕らには、到底理解できないことばかり考えているんだよ」

「なるほどな。俺も必死に隠れて買ったエロ本があるはずのところに無かったら、めちゃくちゃ焦るもんな。意地でも見つからずに探し出してやる! って思うもんな」

「なんだその例え」

「でもいい例えだ。メモしとこ」

「メモするんだ……」

「ちなみにパツ金姉ちゃんのだぜ」

「「聞いてない!」」

「パツ金……」

「ハルキ?」

「あ、いや、なんでもない! とにかく、そんなところまで考えるやつなら、すでに警察に通報されてることも当たり前と思っているだろうし、一連の説明で、テッペイが警察に連絡している可能性も、もちろん頭にあるはず」

「だとすれば、警察があの神社の周りにいたら、さらに警戒される」

「最悪、その様子を見て諦められるってのが、一番マズイ」

「手がかりが無くなっちまうからな」

「その通りだリキト!」

「へへ!」

「だから、僕はここで警察を呼んで、あいつに気付かれないようにそちらに向かうよ」

「オッケー!」

「そっちは頼んだぞ。テッペイ、ショウタロウ、リキト!」

「おう!」

「任せとけ!」

「うん!」

 

3人は神社に向かう。

 

「もう既に来ている可能性もある。ここからは慎重に行こう」

「「うん」」

「手分けして見張るか」

「じゃあ、俺は本殿の下に」

「俺はあの大木の後ろに」

「じゃあ俺は木の上に」

 

ショウタロウが本殿の下に、テッペイが木の裏に、そしてリキトが木の上に上った。

 

2人ともライン開いて。今グループ作ったからそれに入ってくれ」

 

ラインでショウタロウからメッセージが来た

 

「【ユウコちゃんを奪還するぜ作戦】か。いいね」

「今から現状を報告するときはここで。マナーモードにしとけよ」

「オッケー!」

「了解!」

「なんか作戦を実行してるみたい!」

「カッコいいな俺ら(笑)」

「ぜってー取り戻してやるぜ!」

「戦争の始まりだ!! なんてね」

「誰かきた」

「まじ?」

「階段上ってる」

「どんなやつ?」

「身長たけー、あと、細い!」

「ビンゴ!!」

「あと根暗っぽい! ヒッキーだなありゃ」

「間違いない!」

「俺らの推理は当たっていた!」

「やばいね」

「どうする」

「今警察とそちらに向かっている」

「まじか」

「現状も見せながら来ている」

「警察はなんて」

「動くなって」

「まじかよ」

「逃げたらどうする」

「それよりもお前らの安全だ」

「分かってるけど」

「草むらはいいた」

「はいった」

「探してる」

「武器は」

「見た感じ持ってない」

「あー、真下にいるー」

「落ち着けリキト」

「これ見つかったらやばいよな」

「絶対動くな!!」

「リキトもう打たなくていい」

「でもちゃんとほこくしねーと」

「ほこくになってる」

「焦んな」

「あいつが探してんのは」

「指だ」

「下にしかない」

「上は見ない」

「みられた」

「え」

「やばい」

「ころされる」

「リキト!!」

「めっちゃこっち見てる」

「オマエハ、ダレダ

「やばい!!!」

「ハルキまだか!!」

「今向かってる!!」

「たすけて」

「たすけと」

「たすこね」

「リキト!!」

 

くそ!!

「うらーーーーーーー!!!!!!」

「テッペイ!!」

「いけーーーーー!!! イシツブテ!!!!!!」

 

テッペイは叫ぶと同時に、ポケットに入れた大量の石を、“あいつ”めがけて思いっきり投げつけた。

 

「クソ!! ガキガ!!」

“あいつ”は大きな円を描くように石をかわしながらテッペイの方に走ってきた。

「シネ、クソガキ!」

「死なせてたまるか!!」

ショウタロウが本殿の下から思いっきり石を投げた。

「グワッ!」

その石は“あいつ”の左すねに当たり、“あいつ”は痛みからかその場にうずくまった。

「野球部なめんなー!!!」

「コロス……コロス……コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」

“あいつ”はゆっくり立ち上がり、服の中からサバイバルナイフを取り出した。

「ひっ……!!」

「ショウタロウ!!」

“あいつ”はゆっくり、ゆっくり、ショウタロウに刃物を向けながら近づいていく。

「来るな! 来るな来るなクルアーーーー!!!!」

「シネコロスシネコロスシネコロスシネコロスシネコロスシネコロスシネコロスシネ」

「ショウタローーーー!!!!」

だめだ、怖くて体が動かない!! やばい!やばいやばいやばい!!

ショウタロウが殺されるっ!!!

「うるるるるあああああああああ!!!!!!!!」

リキトが“あいつ”めがけて突進する。

「こっち向きやがれーーー!!!」

リキトが走りながら投げた石が“あいつ”の背中に当たる。

しかし、“あいつ”の動きは止まらず、そのままショウタロウに向かっていく。

「くそったれがあああああ!!!」

「来るなああああああああ!!!!!」

間に合わない。“あいつ”がショウタロウの目の前に立ち、笑みを浮かべる。

そしてナイフを持った右手を振り上げた瞬間、

「子供に手を出すなあ!」

じいちゃんが振り上げた右腕に飛びついた。

「じいちゃん!!!」

「ハナセ!クソジジイ!!」

じいちゃんと“あいつ”が立ったまま取っ組み合いになる。そこにリキトも飛び込む。

「ブッ飛ばしてやる!!! おおおおおらああああ!!!」

リキトが思いっきり突進しながら振りかぶった拳は、“あいつ”の顔面を打った。

「……ア……ア」

リキトのパンチと突進で“あいつ”は吹っ飛び、倒れた。

「これがなければ!」

じいちゃんが男からサバイバルナイフをもぎ取る。

リキトは倒れた“あいつ”をさらに殴る。

「返せ! ユウコちゃんを返せよ!!」

「「うわああああ!!!」」

ショウタロウとテッペイも“あいつ”に掴みかかり、殴る。全力で殴る。

「「「返せ!!! ユウコを返せええええ!!!」」」」

「お前ら、やめろ!! それ以上すると死ぬぞ!!」

「こいつは何人も人を殺してきたんだ!! ユウコも殺されたんだ!!! 殺されて当然だ!!!! 殺してやる!!!」

「やめろテッペイ!!! お前まで同じになるぞ!」

じいちゃんが3人を引きはがす。男は完全にのびている。

「はー、はー、はー、はー」

「くそっ! こんなやつに、ユウコちゃんは……くそっ!!」

「…………っく!!」

「みんな無事か!!!!」

ハルキが警察とともにやってくる。“あいつ”の身柄は確保され、4人とじいちゃんとアスカは病院へと向かった。

検査を受けた結果、全員に異常はなく次の日には退院することになった。

そして、退院日。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

「……みんな、飯でも食うか」

「……いい」

「食べんと元気が出らんじゃろ。ほら、何が食べたい」

「……いい」

「……」

「……ユウコ」

 

自動扉が開き、いやに広い病院の玄関に出ると昨日現場に駆けつけてくれた警察官4名がいた。

 

「昨夜はご協力ありがとうございました。無事退院できたみたいでよかったです」

「……何がです」

「え?」

「なにがよかったんですか」

「え、だから退院できて……」

「ユウコはいないじゃないですか!!」

 

「いるよ」

 

「「「「「え?」」」」」

 

「私は、無事だよ」

 

「「「「「え? えー!?」」」」」

「え、なんで! どうして!!」

「殺されたんだとばかり!!」

「なにがあったんだ!」

「よかったぜえええ!!! ほんとによかったあああ」

「ユウコ、どうして……」

 

「あのね、あの犯人が私を見つけて襲ってきたの。指もね、落とされちゃった……」

「ああ……」

「あ、でも指はくっつくみたい!! すごいね、現代医学!! 時間はかかるけど元通りになるって!」

「ホント!!? よかったー!!」

「先に指を落としたのか」

「うん。全く抵抗できなくて固まってたらそのまま切られちゃって」

「ああ……、想像しただけで痛い……」

「でね、痛がってたら、すぐに楽になるからねって言われて、ああ、殺されるっておもったんだけど、気付いたの」

「なにが?」

「指を落としてたってことに」

「ん? どっちの?」

「あ、指を無くしたことに気付いたの。犯人が」

「あ、そこで!!?」

「うん。あの犯人、切った指をすぐに指がたくさん入った瓶に入れてたんだけど、思い出したようにもう一回瓶を取り出して、ない!! って」

「それで、殺されなかったの?」

「うん、なんか、順番があるらしくて、抵抗する人はすぐに殺すらしいんだけど、私みたいに抵抗できないような女の子は指を落とした後、その……」

「ん? なに?」

「えっと……」

「なんだよー」

「強姦するんだ」

「ご、ごうかん!!?」

「そう。抵抗できないこと良いことに、自分の好みの女性に性的虐待をしてから殺すといった、かなり悪質な犯行をしていた」

「なるほど、ユウコを襲ってから殺すつもりだったんだ」

「さすがは変態ストーカーだな」

「最悪よ」

「でもその変な性癖のおかげ、生きてるから」

「ホントによかった……」

「本当に!!」

「君たちの勇気ある行動が、今回の事件を解決させた。本当にありがとう。」

「あ、いーえー。これくらい! なあ!」

「そうだぜ! 当然のことをしたまでだぜ!」

「お役に立ててよかったです」

「確かに」

「おいハルキ。お前またしゃべるのめんどくさがってるってことかそれ」

「え、い、いや、そうじゃなくて……」

「もう 確かに は禁止!!」

「なんでだよー!!」

「そこ確かにって言ったら面白かったんだけどね」

「あー、確かにー!!」

「バカにすんなってー!!」

あはははは!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【次のニュースです。先週から続いていた殺人・強姦の容疑で逮捕された“追田亮介”容疑者は、容疑を認め、動機を「好みの女性と一緒になりたかった」などと話しており-】

 

「……はあ」

男はコーヒーを一口すする。

新聞紙を広げ、一連の事件が大きく取り上げられた記事に目を落とす。

「だーから強姦はやめとけって言ったのに……」

男は新聞を読み終えると、綺麗にたたんで、机の上に静かに置いた。

「大人しく兄貴の真似してりゃあよかったのにな……」

まだ温かいコーヒーを、男はもう一度口にした。

 

〈終わり〉

再会は風の強い日の屋上で

「止めないで」

「それはできない」

「放っておいてよ。あんたに関係ないでしょ」

「関係あるよ! 今俺は君とここにいる。俺ら二人だ。俺しか止める奴いないだろ」

「誰も止めてなんて頼んでない」

「いや、君は止めてほしかったんだ。だから俺が来たのを確認して飛び降りようとした。本当は、君は見てほしかったんだ! 自分がどうなってしまっているのか。もっと理解してほしかった。自分が何を考えていて、何に苦しんでいるのかを。君はそう思っていたんだ!」

「……」

「でも大丈夫。俺が話を聞くから。俺が君の苦しみを聞くから。もう一人じゃないから。だから、死のうなんて考えるなよ」

「キモ」

「え?」

「いや、気持ち悪いなって」

「え? え、今なんて?」

「気持ち悪い上に耳まで悪いの? あ、悪いついでに言うけど、顔も悪いよ、あんた。ハッキリ言って、ブサイク」

「いや今それ関係ないでしょ!」

「そうね。関係なかったわね。だからもう喋んないでね。さよなら」

「え!? ちょっ……!!」

女、身を投げようとする。男も反射で手を伸ばすが届かない。が、突然強い向かい風が吹き、女の華奢な体は思わず押し戻される。くしゃくしゃになった短い黒髪に隠れて表情は見えないが、かすかに身体が震えている。

「死ねなかったね」

「うるさい!!」

叫び声とともに向けられた顔は少し赤くなっている。「さよなら」なんてカッコつけたにも関わらずものの見事に自殺に失敗してしまった恥ずかしさがあるのだろう。ボロボロのフェンス越しに見える女の制服のスカートが、破れて穴の開いたフェンスの端にしっかり引っかかっていることにも気づかないほどに、女は今恥ずかしさで頭がいっぱいなのだ。

「今度こそ死んでやる!!」

そう言って女は勢いよく一歩を踏み込もうとした。しかし、案の定フェンスに引っ掛かったスカートに引き戻され、引き戻された勢いで女は尻もちをついた。

「……」

「なによ!!」

「今日は諦めたら?」

「うるさいうるさい!!」

「いや、今日はもう無理だって。だって2回失敗してんじゃん。2度あることは3度あるよ」

3度目の正直よ!」

そういって女は立ち上がり、深呼吸をした。

女の自殺の失敗を2度も見せつけられた男は、「こいつ、多分また死ねないと思う」と内心思う反面、「ホントに飛び降りたらどうしよう」という恐怖感に似た焦りが交錯していた。女が意を決し、何もない空間に足を一歩踏み入れようとした瞬間、男も反射で止めに行く。しかし、明らかに間に合わない。女の言う通り、3度目の正直……、

とはならなかった。

「きゃっ!!」

2羽のカラスが女の目の前を横切ったのだ。突然のカラスの来襲により女は驚き、後ろに退いてしまった。

「……」

3度目の正直ねー」

「仏の顔も3度まで……」

「いや仏は許さないだろ、自殺とか。4度も5度も君の邪魔をしてくるぞ、仏」

「でもたくさん自殺して人死んでんじゃん!」

「君が特別許されてないんだよ。なにしたの? そんな罪深いことしたの? 自殺以外で」

「知らないわよ。逆でしょ普通! 私は救われるべきでしょ! なんでこんなつらい思いしながら生きなきゃいけないわけ? 罪を犯したのはあいつらでしょ? なんでこんな惨めな思いばっか私にさせんのよ! 仏!! ふざけんな!!」

「……」

「ふざけんな。ほんと、ふざけんなよ」

「……」

「……」

「なあ、昼休み終わるぞ?」

「は? 戻るとでも思ってんの?」

「いやだから、もう君の自殺止めようとか思わないから」

「は? 意味わかんないんだけど、何が言いたいの」

「だって今日はもうあれではないか。3回やって3回とも死ねていないではないか。だから、今日の自殺チャレンジは終わった方が賢明だって」

「止めないとか言って、止めようとしてるじゃん」

「正直君も、今日はもう、ちょっと萎えてるだろ? なんか最初より死んでやる! って気持ち薄れてるだろ? そんなコンディションで死んでも、死にきれなくないか?」

「死ねるわよ、何言ってんの」

「いや無理だって。絶対後悔するって。ああ、あのタイミングじゃなかったなって。もっといいタイミングあったなって。死ぬって一回きりなんだから。だからさ、もう一回気持ち、作ってこよ?」

「てかさっきからなんなんだよあんた!! しつこいのよ! なにが、作ってこよ? だ! キモ男! あんたはどの立場でモノ言ってんだよ! てか誰だよ!!」

「君が誰だよ!」

「聞いてんのはこっちなんだよ! 誰だっつってんの!」

「だいたい君は死ぬ前にまず謝れ!」

「はあ!?」

「俺に、キモ・気持ち悪い・耳が悪い・ブサイク、そしてさっきのキモ男って言ったのちゃんと謝れ」

「自分が言われた悪口全部しっかり覚えてるんだ」

「当たり前だ。悪口言われて嬉しい奴なんているもんか。そういうのは謝るまで覚えてるぞ」

「女々し!」

「おい! 悪口言ったこと謝れと言ったのになぜ悪口をプラスするんだよ! それも謝るまで覚えているからな!」

「いやホント気持ち悪いから」

「はい! 2回目! なんですぐ悪口言っちゃうかな。口が悪い、悪すぎるぞ君!」

「それ」

「え?」

「口が悪いは悪口じゃないんですかー。悪口ですよね。ハイ謝って」

「それは屁理屈だ!」

「屁理屈も立派な理屈よ。はい、早く謝って。あんたが謝るまで私は謝んないから」

「なんて女だ」

「聞こえてるんだけど。それも悪口?」

「あーーー! はいはい! 謝るから! もうめんどくさい女だな君は」

「あんたも大概面倒くさいけどね」

「お互い様だ、この! はい、悪口言ってごめんなさい。 ほら、謝ったぞ。君の番だ」

「はあ。ごめんなさい」

「謝るんだ」

「は? あんたが謝れって言ったんでしょうが!」

「いや、ごめん。てっきり、誰が謝るかバーカとか言われるかと」

「あんたが謝ったから、私だけそんなことしたらそれこそイヤな奴になっちゃうじゃないの」

「ふーん、頑固なやつだとばかり思っていたが案外素直な部分もあるんだな、君は」

「それバカにしてるでしょ」

「いやしてないよ!」

「ほんとかよ」

昼休みが終わるチャイムが学校一面に響き渡る。校庭でサッカーをしていた男子生徒は、誰が一番早く教室に戻れるかゲームをしながら、下駄箱へと全速力で走っている。ガヤガヤとした雑踏音は次第に薄くなっていく。

「……」

「……」

「……戻るか」

「いやだ」

「今のは大人しく教室に戻る雰囲気だったろうが」

「勝手にそんな雰囲気って決めんな」

「いやそういう雰囲気だったよ。だって俺がその雰囲気を作ったからな」

「じゃあ作んなそんな雰囲気」

「……はあ」

男は人二人分ほどに破れたフェンスをくぐり、女の隣に座った。

「近寄んな、キモい」

「いやひどくないか君! せっかく話を聞こうかと思ったのに!」

「頼んでない。臭いから近寄んな」

「え? ホントに臭いか俺?」

「おばあちゃん家の臭いがする」

「そんなはずはない! 風呂には一日2回、朝と夜に入るんだぞ? 制服の洗濯も欠かさない! 何でそんな匂いがするんだ! はっ! 上履きか!! 確かにこいつだけは洗っていない。だがそれではおばあちゃん家の臭いがする理由がますます分からない。これは完全に俺の臭いのはずだ。待てよ、とすると、俺からおばあちゃんの臭いが……」

「あーうるさい! めんどくさい! うるさい!」

2回も言わなくていいじゃないか」

「もうしゃべんな!」

「君は俺にうるさいだとかしゃべるなとか言いすぎだ! はっ! まさか口も臭いのか! いやちゃんとリステリンを……、ん? 君の上履きはどこだ?」

「……」

「まさか落としたのか! 全くなんてドジなんだ君は。上履きに負けているじゃないか。上履きの方が飛び降り方が上手じゃないか」

「喧嘩売ってるでしょ」

「俺は喧嘩と怒られることと悪口を言われるのが大っ嫌いだ。ゆえに喧嘩は売ってない」

「……あっそ」

「そうだ」

5時限目が始まるチャイムが鳴り響く。もう校舎には楽しそうな雑踏は消え、静まり返っていた。風の音がやけに大きく聞こえる。雲の流れる速さも一目でわかるくらい速く泳いでいる。

5時限目、始まったよ。戻りなよ」

「断る」

「は? なんでよ」

「君が一人になる」

「だからその顔でカッコつけるなって。キモイから」

「また謝るまで覚えるぞ」

「あー、はいはい、お好きにどうぞ」

「今さらなんだが、何組だ?」

「なんで教えなきゃ……」

「いいから」

「……2組」

「ん、なに!? 2組だと!? ウソをつくな!」

「いやホントだって。ここでウソつく必要ないでしょ」

「だって、私も2組だぞ」

「そうなんだ」

「そうだ! だから君が2組なわけ……、え。君は、何年生だ……?」

3年生」

「な!!? 先輩だったのか! ……んですね。」

「いきなり敬語かよ」

「君は、俺が後輩だということを分かっていたのか!」

「そりゃ上履きの色見たらね」

「なんと! 言ってくれればよかったのに……、いや、これは失礼を! 上履きが無かったものだから。上履きが青色って分かってたらあんな失礼な態度は取っていないので」

「いいよ、今さらだし、そんなの気にしないし」

「そうか。じゃあそのままでいかせてもらう」

「いや順応早いな。もっとそこは引きずりなさいよ。もっと、君は、先輩だったのか!って余韻残せよ」

「めちゃくちゃ気にしてるではないか」

「いやそれは、ほら、あれだよ。あんたが急に元の方向に舵きったから戸惑ってんだよ! って、何で先輩の方が戸惑ってるのよ!」

「やっぱり先輩後輩とか気にするタイプじゃないか」

「あーもう! うるさいうるさい!! もうしゃべんな!」

「あのさ」

「しゃべんなって言って……」

「なんでそんなことするんだろうな」

「え?」

「いや、なんで君をイジメたりするんだろうなーって、なんとなく思ってね」

「私が知りたいよ」

「んー、確かに君は、頑固だし、屁理屈言うし、意地も見栄も張るし、おまけに口も悪いときた」

「……だったらなんなのよ」

「でも」

「でも?」

「……あれ? ちょっと待ってくれ。あれ。この時間の間、君の悪いところしか見てない気がする」

「やっぱり喧嘩売ってんだろ! この!!」

「ちょ! やめろ! 暴力をふるうな! また君の悪いところを見つけてしまった!」

「そんなとこいちいち見つけなくていいんだよ!」

「君が見せているんじゃないか! ちょっ! ほんとやめて! さっき入ったから! 痛いとこ入ったから! ファニーボーンに当たってるから!!」

「知るか! あんたが言うからでしょ! 死ね!」

「死のうとしてるやつが人に死ねって言うのってちょっとおかしくないか!」

「揚げ足を取るな! この!」

「痛いから! 分かった! 分かったから! ごめんなさい!」

「情けない」

「なに?」

「女に言いたいこと言われて、殴られて反撃もせずに大人しく謝るなんて、ほんと情けない。ほんとに女々しい」

「イジメられていじけて自殺しようとした君に言われたくないね」

「はあ!? あんたね……」

「だってそうではないか! 一人でめそめそして、誰に助けてもらうでもなく、でも反撃するわけでもなく、勝手に死のうとして。どれだけ人に迷惑をかけると思ってるんだ!」

「勝手なこと言ってるのはどっちよ! 私のこと何にも知らないくせに知ったような口叩かないで!!」

「知らないし知りたくもない! そんなの君の勝手な都合だ! 自分が死んだらどうなるか考えたことはあるのか!」

「あるわよ! 何度も何度も死のうと思った。その度に死んだらどうなるかを考えた。当たり前じゃないのそんなの! そこまで私は馬鹿じゃない! でもそれを、死んだ後を考えても死んだ方がマシって思ったの! だからこうして死のうとしたんじゃないの。なのに、なのになんで邪魔ばっかすんの!? あんたに私のこと関係ないでしょ! 放っといてよ!」

「どうしてマシになるのだ! 周りにいる人たちがどれだけ悲しむと思って……」

「そんな人いない!」

「え?」

「悲しむ人なんて、私にはいない」

「……」

「だから、もういいの」

「もしかして、ご両親が」

「だったら何よ」

「すまなかった」

「いいわよ別に。謝ってもどうにもならないんだから」

「俺も同じだ」

「え?」

「俺も、両親がいない」

「え? それって……」

「孤児院で育ったんだ。母親の顔も父親の顔も知らない。物心ついたときにはもう孤児院にいた」

「……」

「でも小学校に上がる前に、今のおばさんとおじさんに引き取られた」

「……」

「おばさんとおじさんのおかげで、今は幸せに暮らせている。本当に彼らには感謝している。だから恩返しをしたいんだ。そのために俺はどんなに辛いことがあっても死にたくないし、死んじゃいけないと思ってる」

「……」

「すまない、俺の話をしたところで、君には関係がないことだったな」

「私も孤児院にいた」

「え、そうなのか?」

「うん。私は託児所に預けられて、そのまま親は迎えに来なくて。そのときに私がいた孤児院がね、親が迎えに来ない子供たちを面倒見るって言ってくれて。何人かの子供たちと一緒に孤児院に来て。そしたらね、おばさんとおじさんが私の里親になってくれたの。すごく嬉しかったなー。でも私が中学3年のときにおばさん死んじゃって。おじさんもおばさんが他界した後急にボケてきちゃって、今は介護施設に入ってる。」

「じゃあ、今は君一人なのか?」

「んーん。一応、そのおじさんの妹の家にいるけど、これがまた意地悪でね。前も殴られたり怒鳴られてして、邪魔だけど置いてやってんだ、もっと感謝しろ! って言われて」

「なるほど」

「だから、もういいの。私が死んで悲しむ人、いないから」

「俺が悲しむ」

「いや、キモイから」

「冗談じゃなく、本当に悲しむ。死んでほしくない。」

「同情するなら金をくれ、よ」

「同情するなという方が無理な話だ。こんなに似た境遇で、でも俺は普通に暮らせている。でも君はまだ苦しい中で生きている。もうそんな生活は終わらせるべきだ」

「したくてもできないよ、そんなの」

「……ウチくる?」

「は?」

「あ、いや、あれだったら、ウチくるかなって」

「なに、今日暇ならウチくる? 的な友達みたいな軽いノリで誘ってんのよ。無理に決まってんでしょ」

「おじさんとおばさんに聞いてみる」

「え、本気?」

「当たり前だ」

「いやいや、それはやばいでしょ。あんたんとこのおじさんとおばさんに迷惑かけちゃうって」

「人の迷惑を顧みず死のうとしたやつの言葉とは思えんな」

「すぐ揚げ足を取るな!」

「君の揚げ足は取りやすいんだよ。カモだよ、カモ」

「だれがカモだ!」

「あ、もしもし。恵子さん、すいません、ちょっとお話があって」

「ちょっと! 急すぎるわよ!!」

男、女の手を振り払いながら恵子に事情を話し、女を引き取りたいとお願いをする。

「その子に惚れちゃった?」

「俺の悪口をこんなにストレートに叩き込んでくる女を、いきなり好きになるほど俺は飢えてないですよ。あ痛っ!!」

「聞こえてるっつーの!」

「もう仲が良いのね」

「とにかく、ただ、彼女が同じ境遇で」

「それはもうさっき聞きましたから分かってますよ」

「と、とにかく、無理を承知でお願いしてます。どうにかできませんか」

「徹さんと相談してみるわ。あの人のことだから、事情を話せば大丈夫と思うけど、問題はお嬢さんの方にお話しをしに行かなくちゃね」

「そうですね」

「また帰ったら話しましょ。成海くん、まだ学校でしょ?」

「あ、はい」

「うん、じゃあ、またあとでね。お嬢さんも連れて来てね」

「分かりました。それでは、徹さんにもよろしくお伝えください。はい。失礼します。というわけだ」

「いやどういうわけよ! あんたが私を貶したことしか分かんなかったわよ!」

「今日、おばさんとおじさんと、君をこちらで引き取らせてもらうように向こうにお願いしにいくための準備をしに行く」

「なんかややこしいな」

「だから、ウチくる?」

「だからなんで軽いんのよ、そこだけ!」

「友達を家に誘うなんてことしたことないから、言い慣れてないからだ!」

「そんな自信満々に言うことじゃ……、え?」

「え?」

「今、なんて?」

「今日、おばさんとおじさんと……」

「戻りすぎ戻りすぎ! 友達って、言った?」

「まあ、ことが上手く運べば、一気にお姉ちゃんになるがな!」

「いろいろすっ飛ばしてんな……」

「それがどうした?」

「もういいわよ」

「まあ、とにかく、そのような感じだ。君にはちゃんとした生活を送ってほしい。だから、今日はその一歩として一緒に来てほしい」

「……うん。分かった。」

「よし! 決まりだ! そうと決まれば、早速向かおうか!

「え? 今から?」

「そうだ。だって君は教室に戻りたくないのだろう? 君が真面目に途中から5時限目に励みたいのなら俺はそれでもいいが」

「冗談じゃない!」

「だろうな。あ、そうだ」

「なに?」

「今まで、君とあんたで成立していたからあまり気にならなかったんだが、名前を知らなかった」

「ホント今さら感が半端じゃないな」

「俺は22組の井原成美だ。よろしく」

「え? 井原?」

「そうだけど、どうかしたか?」

「いや、私も井原。井原益美」

「ほー、偶然が重なるな」

「ね、孤児院って、どこの孤児院?」

中央区のあさひ孤児院」

「……まじで?」

「……まさか」

「私も3歳であさひ孤児院に入った」

「俺は2歳くらいで入ったみたいだから、井原さんより早く孤児院に入ってたのかな。え、てことは、一緒にいた時期があったということか!?」

「ねえ、井原って、今のおばさんたちの苗字?」

「いや、井原成海という名は親がつけた名前らしい。孤児院の先生が、“井原成美”と書かれた哺乳瓶を俺が持っていたって言ってたな」

「え、っとー」

「え、井原さんの名前って」

「託児所に預けられたときに“井原益美”って」

「……」

「……」

「「いやいやいやいやいやいやいや」」

「さすがに考えすぎだな!!」

「そ、そうよ! さすがにそれは、ねー!!」

「兄弟がいるなんて、そんなことは先生から聞いてはいないしな!」

「そ、そうよ、私もそんなことこの18年間で聞かされてないし!」

「そうだよな!うん、そうだ! そんな偶然あるわけない!」

「ほんとよ! そんなドラマみたいな展開なんかね! 第一、もし、万が一、億が一、いや、兆が一、私とあんたが、その、きょ、姉弟とかになっても、そんな感覚絶対無理だし!! あんたが弟とか無理だし!!」

「その無理というのはやめてくれないか! そろそろ心が折れそうだ。」

「いっそのこと、一回折れてしまえばいいのに」

「なんてことを言うんだ井原さんは! とりあえず、おばさんのところへ向かおうか! もうカバンは置いていこう。一回くらい学校から逃げ出しても怒られるだけだろう」

「あ、怒られることは覚悟してるんだ」

「当たり前だ! 君ももちろんだが、学級委員の俺がこんなことしたら優等生の面目が丸つぶれだ」

「じゃあ」

「でも、井原さんを放っておくほうが、俺自身の面目が丸つぶれだ。だから、気にするな」

「カッコつけんなって」

「ブサイクだからか」

「いや、キモイから」

「一緒ではないか!」

「ふふ」

広瀬すずじゃなくて、ばっさーがいいの!

「芸能人に似てるって言われない?」

「え? ああ、たまに言われます」

「もしかしてさ、広瀬すず?」

「たまに……

「やっぱりー!!」

……

「いやー、来た時からなんか似てるなって思ってたんですよー! 可愛いってよく言われない?」

「いやー……

「モテるでしょ?」

「そんなことは……

「またまたー。この髪型も似合ってるし! 広瀬すずに似てるし! うん! お姉さんの目に狂いはない、あなたはかわいい!」

……あのー」

「ん? あ、どこか気になるとこがあった? どこ?」

「本田翼は?」

……あ」

 

大分駅の近くにある、小ジャレタ美容室「little

大分の中ではなかなか人気なお店で、大分女子たちが自分を可愛くするために、あるいは可愛さを維持するためにここへやってくる。

今日も開店と同時に予約を済ませていた大分女子がやってくる。その中の一人に、恐らくスポーツをしていたのだろう、少し体格がしっかりしているが、背丈も150後半といったところかちょうどいい。何より容姿が女優の「広瀬すず」に似ている。広瀬アリスにも似てはいるがどちらかというと、妹寄りだろう。

「今受付にいる子、あの子可愛いですね!」

「ほんとね、広瀬すずみたい」

「ですよね! 私もそう思いました。ショートカットだし雰囲気もなんとなく似てるかも」

「直しに来たんでしょうねー」

「そうですね、あれだとそのままにしておくともったいないですもんね」

髪が少し伸びてきて、中途半端な長さになっている。ショートカットは形もさまざまで、可愛いものも多いのだが、いかんせん維持が大変だ。背中まであるようなロングヘアーだと、1ヶ月そこらではそう変わったようには見えないし、枝毛処理位で何とかなったりする。前髪も今の子たちは自分で切り方を調べたりして切ったりしているから、長さ調整はショートカットの子よりしやすい。

その分ショートカットは伸びてくると、やはり長さが中途半端になり、髪型が崩れてくる。上手くアイロンやワックスなんかを使いながらアレンジする子もいるが、正直手間も時間もかかるし、なにより慣れが必要になる。いきなりできる子なんてまずいない。だから、一度短くしてしまうと、またロングヘアーに戻るまでかなりの時間が必要になるため、待てずに切りに来てしまうのだ。たぶん、この子もそんなところだろ。気持ちわかるよー。

「こんにちは! ここ初めて?」

「はい、最近大分に引っ越してきて……

「(あ、緊張してる。人見知りな子なのかな)」

「そうなんだ。お仕事かなにか?」

……はい」

「(それ以外になにがあるんだよ。遊びに来たわけじゃないから普通仕事だろう。4月っていうのも考えたら新入社員として配属されたってなんとなく分からないのかな)」

「あ、もしかして、今年から働くの?」

「そうですね」

「どこで働くの?」

「えっと、ドラッグストアです」

「そうなんだ! あ、じゃあ、お薬とか扱うんだったら薬剤師とか?」

「いえ、薬剤師じゃなくて、登録販売員の資格をまず取ろうかと」

「登録販売員って、薬剤師と違うの?」

「はい、扱える薬の種類が違うんです。薬剤師は全般扱えるんですけど、登録販売員は市販のお薬まで、とか、制限があって」

「へー! じゃあ、ぷち薬剤師だ!」

「(登録販売員って言ってるのに!!)」

「まあ、そんなところですかね……

「すごーい! お薬扱えるとかカッコいいね!」

「(あー、私、この人苦手だ……)」

私は人と関わることが少し苦手だ。嫌いなわけではない。単に人見知りなのだ。特に、こう、グイグイ来られると、一歩引いちゃうような、そんな性格。もちろん仲のいい友達もいるし、彼氏だっている。大学時代は友達の人数自体も多かった。でも人見知りはなぜか治らない。友達ができたのも、高校からの友達が同じ部活に2人もいたからだし、文科系の部活だったからそこまでグイグイ来る人も少なかった。大分勤務が決まったときはすごく不安でしかたなかった。社宅に初めて入ったとき、もう実家に帰りたかった。彼氏が引っ越しの荷物の片付けとかを手伝いに来たときに、もう寂しくて寂しくて、不安で不安で、ずっと泣いてしまっていた。ずっと泣きながら荷物の整理をしていたから、引かれちゃったかもしれない。引っ越してきて1ヶ月が経とうとしている今、まだ全然なじめていないが、大分駅周辺は、割りといろいろ揃っているので、そこまで不便に感じてはいない。こうやって美容室もあるのでおそらくなにかに不自由になることは少ないかもしれないが、やっぱり地元で働きたかった。彼氏も福岡にいるし、できることなら、もう帰りたい。無理だけど。早く慣れないとな……

「あ、ごめんね! 髪だよね。今日はどんな感じにしますか?」

「あ、えーと、そうですね、特に決めてないんですけど……。ちょっと伸びちゃったから」

「そうですねー、ずっとショートなの?」

「昔は結構伸ばしてたんですけど、最近はずっとショートですね」

「あ、じゃあ、今流行りの髪型なんだけど、こんなんとかどうかな」

そういって店員さんが見せてきたカタログには、たくさん可愛い髪形が載っていた。その中でも特に私が可愛いと思った髪型と、店員さんがおすすめしてくれた髪型が一致した。

「あ、可愛いですね」

「でしょ! これね、本田翼ちゃんがしている髪型なの! 今人気なんだよ?」

私は本田翼が大好きだ。めちゃくちゃ可愛い! 「ばっさー」のファンなのだ。まさかばっさーと同じ髪型になるなんて……! これしかない! この髪型にしたら、私も憧れのばっさーにちょっとだけでも近づけるかな。近づけたらいいな!

「あ、じゃあ、これでお願いします」

「はーい! じゃあちょっと待っててね」

ばっさーは、自分のヘアスタイルには、かなりこだわる。自分が絶対の信頼を置くスタイリストに頼むのは当然のことで、そのスタイリストにもミリ単位で要望を出し続ける。「ここをあと5ミリお願いします」とか、「ここあと3ミリ切って下さい」など、自分が思い描く理想の髪型にするために、一切の妥協がない。本当にすごくかっこいいし、ばっさーの可愛さはそうやって生まれているのかと感心してしまったほどだ。そんなばっさーの意識の高さと可愛さに私はファンになってしまった。それと、単にタイプなのだ。いや、その好きとかじゃなくて、可愛いって思うタイプが、ばっさーはドストライクで、見てるだけで癒される存在なのだ。

「お待たせ! じゃあ切っていくね」

「お願いします」

「本田翼ちゃんが好きなの?」

「はい、前にテレビで出てて、そこでファンになりました」

「あ! もしかしておしゃれイズム? 私も見たよ! あれすごかったよね、あの意識の高さというか、ああ、こうしてばっさーの可愛さが作られていたのかーみたいな!

「あ! そうですそうです! 私も同じこと思いながら見てました。」

「ねー! 見習おうと思っても、なかなか継続できないんだよね、ああいうのって」

「そうねんですよねー。あ、でも私、あれ見てからちゃんとスキンケアするようになりました」

「お、いいね! 大事だもんね! 私なんてもう今年で30になっちゃうから頑張ってやってるんだけど、ついうっかりしてそのまま寝ちゃったりとかすると絶望するもんね」

「あー、分かります。私も一回、仕事で疲れて、そのまま寝ちゃったときは、朝起きて、やってしまった! って思いました」

「油断大敵だからね! 頑張って続けなきゃね!」

「そうですね」

「(だいぶ緊張もほぐれてきたかな? やっぱり興味があることとか好きなことの話は会話が弾むから緊張も取れやすいんだな!)」

「(最初は苦手って感じたけど、最初ほど苦手って思わなくなったなー。やっぱ美容師さんって、私と違ってコミュニケーション能力高いなー)」

「彼氏とかいるの?」

「あ、……います」

「やっぱり! え、彼氏は大分?」

「いえ、福岡にいます」

「じゃあ、遠距離か」

「そうなんですよね」

「私も遠距離なんだよ」

「え、そうなんですか?」

「うん! もう毎日寂しいよ。向こうフランスにいるの。ね、遠くない?」

「フランス!? 遠すぎですね。じゃあ会ったりとかはできないんですか?」

「(お、初めて質問してきてくれた。)」

「そうねー。もう1年ちょっとは会ってないねー」

「海外だと、もうどうしようもない感じですね」

「そうなの。もう、向こうが浮気してないかが心配で心配で。金髪の美人がいっぱいいるからね!」

「あー、分かります。私も彼氏がちゃんとしてるかがすごく気になります」

「あら、けっこう遊ぶ人なの?」

「まあチャラい、ですかねー? というより女好き?」

「あははは! 男はみんな女好きよ」

「そんなもんなんですかねー? 浮気とか絶対無理なんで」

「それは私も無理よ。絶対あり得ない!」

「ですよね! 浮気とかしたらすぐ別れます!」

「そうよね、こっちは必死に会える日まで仕事頑張ってるのに、お前なに遊んでんだよって感じよね」

「ほんとそれですよ! 彼氏、働きながら演劇してるんですけど、そこの劇団内とかで何かあるんじゃないかって考えちゃうんですよ」

「へーすごいね彼氏さん。俳優さんなんだ!」

「そうなんですけど、やっぱり可愛い子とかも劇団内にいるから鼻の下伸ばしてないかなーって」

「鼻の下伸ばしてって表現。女の子でそんな言葉使うのおもしろいね」

「そうですかね?」

「まあでも、確かに鼻の下伸ばされると、こっちは不安になるよね」

「たまったもんじゃないですよ」

「ちょいちょい表現がおもしろいね」

「彼氏にも、使う言葉のチョイスが女の子っぽくないって言われます」

「やっぱり。名前なんて言うの?」

「あ、石田薫です」

「薫ちゃん面白いもん。可愛くて面白いんだったら、彼氏さんもぞっこんでしょ」

「そうだといいんですけど。どっちかというと私の方が好き好きってなってて、彼からはあんまりそういうこと言ってこないんですよ」

「あー、それはよくないよね。私の彼氏もね、全然言わないの。好き? って聞いたら好きだよって言うんだけど、自分から言わないから、なんだか私が言わせてるみたいになっちゃうの」

「めっちゃ分かります!」

「ね! 分かるでしょ! 男の人ってそういうとこ分からない人多いもんね。いや言わんでも分かるやろ、とか、言葉よりも気持ちが大事やない? とか。気持ちあるなら言葉も言えよ! みたいな」

「そうですそうです。彼氏、自分からラインもしてくれないんです。いつ会うか決めるのも全部私からで、なんか、ひとり相撲してる感じが凄いあるんです」

「ひとり相撲?」

「はい。私だけがんばってるなって」

「(やっぱり言葉選びが面白い)」

「そうよねー。彼氏はそれに対して何にも言ってこないの?」

「ごめん、って、それだけなんです。別にそれからもやっぱり私からだし。」

「彼氏さんってどんな人なの?」

「すっごく優しいです。ほとんど怒らないんです。何してもいいよって言ってくれるんですめちゃくちゃ頑張る人で、ため込んじゃうタイプだから、いろいろ話聞いてあげたいんですけど」

「でも女好き」

「そうなんです! しかも誰にでも優しくしちゃうから、他の女が寄ってくるんですよ」

「へー。カッコいいんだ」

「イケメンではないですけど、カッコいいですかね、優しいし」

「薫ちゃんいい子だね」

「そんなことないですよ」

「すごい彼氏のこと好きなの伝わるし、応援したくなったよ!」

「ありがとうございます」

「多分彼氏さんは仕事に演劇にで忙しいんだよ。私の彼もフランス料理のシェフになるって言って日本で3年やって、フランス行っちゃったんだけど、もう忙しそうなのほんとに。でも、すごく楽しそうに話してくれるから、まあ頑張れよって感じ。だから、薫ちゃんの彼氏さんも忙しくて楽しくて一生懸命なんだよきっと。だから、そんな一生懸命な彼を見て、我慢しといてあげるから、時間空いたらちゃんとかまってよね、みたいに念じてるの。上から目線になっちゃってる」

「いやでも、すごくかっこいいなって思います。なんか、私はまだ余裕がないからいっぱい考えちゃうんだと思います。そうやって大人になれたら、向こうも楽なんだろうなって」

「大丈夫よ。彼氏さんは薫ちゃんのこと、ちゃんと好きでいてくれてると思うよ。あ、ちょっとごめんね」

「あ、すいません」と、薫の顔を俯かせ、後ろの髪をカットしていく。

「だから、心配いらないよ。」

「ありがとうございます。」

「うん! あ、じゃあ流しましょうか」

そういって、薫をシャンプーの場所に移動させる。

「どう? 熱くない?」

「はい、大丈夫です」

「かゆいところあったら教えてね」

「はい、大丈夫です」

「……」

「……」

「(会話終わっちゃったー! さっきはガンガン話してきてくれてたから、話題きれても薫ちゃんから話してくるかなって思ったから忘れてたけど、この子人見知りな感じだった)」

「(会話、終わっちゃった。どうしよ、話した方がいいよね。さっきまで盛り上がって、いきなり静かになられるとお姉さんも戸惑うよね。あ、しゃべって来ない……、みたいな。ああ、どうしよ、なにかあるかな、面白い話。ああ、全然思い浮かばないよー)」

「……」

「……」

「……」

「……」

「やばい、ペース崩れちゃった。わりとさっきの話が盛り上がっちゃったから、なんか話し初めがこっちまで緊張しちゃう。まあ無理に話さなくてもいいんだけど」

「どうしよ。やっぱりなんか話さなきゃだよね。でもしゃべるの得意じゃないし、お姉さんからも話しかけてこないからこのままで、いいのかな。いい、よね?」

「はい、終わりましたよ。これでお顔ふいてね」

「ありがとうございます。あっつ!!」

「あー! ごめん!! 大丈夫だった!? やけどしてない?」

「ああ! 大丈夫です! 肌弱くて熱いものとか冷たいものが苦手なんですよ!! お風呂とかも37℃くらいじゃないと入れないし! だから大丈夫です!」

「ほんとに? やけどとかほんとにない?」

「大丈夫です大丈夫です!」

「よかったー。ほんとごめんね! これくらいなら熱くないかな?」

「あ、大丈夫です。ありがとうございます」

「うん。じゃあ、戻りましょうか」

そういうと薫をカットしていた椅子に移動させる。綺麗に整った短い黒髪は、ドライヤーの風でふわふわと舞っている。次第に濡れた髪は、サラサラの触り心地の良い髪へと変わっていった。薫の周りには、先ほどのシャンプーとトリートメントの心地いい香りが、程よく漂っていた。

「はい。終わりました!」

「ありがとうございました!」

薫は自分の髪が写真で見た本田翼のヘアスタイルに変身していることに胸を躍らせていた。憧れのばっさーと同じ髪型だ。薫は思わず笑顔になっていた。その姿が微笑ましかったのか、カットを終えた女性スタイリストも思わず笑顔になっていた。

「薫ちゃん、その髪似合うね! すごく可愛い!」

「ありがとうございます! 私も気に入っています」

「それはよかった! あ、ねね、薫ちゃんって、誰か芸能人に似てるって言われない?」

「え? ああ、たまに言われます」

「もしかしてさ、広瀬すず?」

「たまに……

「やっぱりー!!」

……

「いやー、来た時からなんか似てるなって思ってたの! 可愛いってよく言われない?」

「いやー……

「いやー。薫ちゃんモテるでしょ?」

「いや、そんなことは……

「またまたー。この髪型も似合ってるし! 広瀬すずに似てかわいいし! 良い子だし! うん! 彼氏さんは良い彼女を持ったね!」

「あのー……」

「ん? あ、どこか気になるところあった? どこ?」

「本田翼は?」

……あ」

 

「そんなことがあったんだ」

「うん、もうね、がっくりきたよ」

「(がっくり……)でも似合ってるよ、髪。いいと思う」

「ほんと?」

「ほんとほんと。」

「うれしい!」

「うん。その店員さんには何か言ったの?」

「ううん、何も言わなかった。でも心では叫んでた」

「なんて?」

「本田翼やないんかい、話違うやんけ」

「(やっぱ言葉のチョイスが変わってる……)」

正直、「あーね」はコミュ障を生むと思う

「お前臭いぞ、風呂入ってねーな」

「ちげーよ! 納豆食ったからだよ!」

「あーね」

 

この会話に使われている「あーね」という言葉。あなたはご存じだろうか。最近では若者言葉として、多くの若者が当たり前のように使っている。2011年には女子中高生携帯流行語大賞6位入賞、2013年には、あの半沢直樹の「倍返しだ!」や、林修さんの「今でしょ!」、「激おこぷんぷん丸」に並ぶほど使われた言葉としてこの「あーね」がランクインしている。すごすぎるぞ、「あーね」!! では、いったいどんな言葉なのか。冒頭に挙げた例でも分かるように、相槌に近い使い方だ。語源も「あー、なるほどね」や「あー、確かにね」などが若者によって略されて使われ始めたとされているので、やはり、相槌的な使い方で正しいだろう。この言葉のすごいところは、単に相槌であることではない。僕が思うに、「あーね」は最強のボキャブラリーを持った、究極の相槌だと思っている。それはなぜか。例で見せた方が早いので、いくつか例を挙げてみる。

① 「最近あいつ、誘ってもすぐ断るよなー」

  「仕方ねーよ。あいつ、家が大変でバイト始めたんだって」

  「あーねー」 (理解)

② 「これめっちゃ美味しいじゃん! なにこれ!?」

  「そりゃ美味しいはずよ! だってここ、ミシュラン2つ星だもん!」

  「あーね!」 (共感)

➂ 「ここがどうしても分かんないんだよね……」

  「あ、ここは、ここをこうして、この数式はめたら、答え出るよ」

  「あーね!」 (納得)

④ 「それでさ、~がね、~で、~なんだよ!」

  「あーね」 (頷き)

⑤ 「そして、~が、~で、なんと! ~だったんだよー!」

  「……あーねあーね」 (さっさと話しを終わらせたい)

 

このように、どんな場面でも対応できる、とんでもない守備範囲を持つ相槌なのだ。何に対してもこの「あーね」は使える便利な言葉であるため、若者が爆発的に使っていったのだろう。これ一つ覚えておけば、コミュニケーションをとることがいとも簡単になるし、いちいち返事に気を配る必要がなくなる。若者だけでなく、大人の人も最近では使うところをたまに見かけるくらい浸透しているため、若者の発信する力というのは侮れない……。

しかし、ここで問題がある。この言葉、便利は便利なのだが、あまりにも便利すぎやしないだろうか。何に対しても返せるという事は、何に対しても、考えずに相槌ができてしまい、人の言葉をちゃんと聞かなくても返事をしてしまえるということだ。ちゃんと相手とのコミュニケーションが取れている状態での使用は、恐らく問題ではないだろう。しかし、人は不安に思う生き物。若者となればなおさらだ。あまりにも「あーね」を連発すると、自分の話を聞いていないのではないかと不安に思う人も出てくるかもしれない。さっきの使い方の例でいうと、⑤に当たる。相手の言葉を返すのがめんどくさくて、つい適当に相槌してしまう使い方だ。「あーね」以外の使い方でいくと、「はいはい」と一緒の感じがする。この相槌も、人の話をよく聞いていなときについ出てしまう相槌だ。こうなるとマズイ。便利がゆえに連発すると、コミュニケーションを円滑にするための言葉が、逆に、コミュニケーションを妨げてしまう結果になり得ない。人と関わるのがめんどくさい、しゃべるのがめんどくさい、人の話を聞くのがめんどくさい。そんな若者が増えている中で、この言葉を多用するのは危険なようだ。コミュニケーションを取ることが下手くそになってしまうかもしれない。「あーね」というただの略語が、まさかこんな社会問題にまで発展し、問題視されるなんて、発信し始めた人たちは夢にも思わなかっただろう。恐るべし! 「あーね」!!

ところで、一つ気になりはしないだろうか。この問題の「あーね」を一体だれが考えたのか。誰が生み出したのか。「倍返しだ!」は半沢直樹、「今でしょ!」は林修先生。しかし、これは若者言葉。どこかの若者が使い始めたことまでは予想がつく。しかも、だいたいこのような若者言葉が流行り出すのは首都圏が主だ。つまりは東京! 現に、僕の東京の友達も、「あーね」を使ったことがあると話していたし、周りも使っているという。やはり東京が情報の発信源、ではなかった。確かに、東京でも使われている言葉だが、その東京よりも圧倒的に「あーね」を使用しているところがあった。福岡県だ。そう、これは方言だったのだ。正確には、福岡で「あーなるほどね」が略されて使われ始めたものが、インターネットやSNSで広がり、遠く離れた東京などでも使われるようになったのだ。その証拠に、全国の現在大学生の男女に「小中学生のとき地元であーねを使っていたか」の調査をした教授がいるのだが、これが面白いことに、福岡に圧倒的に集中していたのだ。むしろ、他の地域はほとんど使われていなかったのだ。なるほど、まさか地方から全国レベルの若者言葉が生まれるなんて、なんだか嬉しくなる! なにせ、僕自身が福岡出身福岡育ちだからだ! ここ、あーねっていうとこですよ。

洋楽好きなやつがみんな中二病だと思うなよ

お題「好きなバンド」

 

学生1「お前ら音楽、何聞く?」

学生2「俺はロック!」

学生3「俺はやっぱりAKBやね!」

学生4「僕もアニソンはよく聞く」

学生1「えー、お前らオタクすぎるやろそれww」

学生2「え? で、西山は?」

西山くん「あ、僕は洋楽も聴くよ」

学生1「え~! カッコつけんなってw」

学生2「中二やねw」

 

いやいやいやいや! カッコつけてないですやん!! 「洋楽=カッコつけ=中二病」って構図おかしいだろ!

 

割とこんな会話が学校内であったりする。中学生とかは特に多い気がする。大学に入ってもそんなこと言ってた人がいたから、やはりこの構図というか、考え方みたいなものを解明して、少しでも「洋楽好きって言える環境」広げなければ、好きなものを好きって言えなくなっちゃう! というわけで、この洋楽好きというと、なぜ少なからず「カッコつけ」だったり「中二病」だと思われてしまうのかを考えてみようと思う。

 

そもそも、「カッコつけ」や「中二病」というものがなんのかだ。なんとなくイメージはある。中二病の友人もいたから、「あー、あいつみたいな感じの人か」てな感じで処理ができる。だいたい中二病はオタクであることが往々にしてある。しかし、これは全く別なもののような気がするのだ。確かに、「俺の右目がうずく」とか「俺に近づくな。この腕は少々暴れん坊だからな」とか、アニメ「中二病でも恋がしたい」に登場するキャラクターたちのような、いかにもな中二病は間違いなくオタクである。しかし、今回問題に挙がっているのは、「洋楽を聴く」という人が中二病扱いにされていることだ。これだけで比較すると、中二病感は全くない気がする。まあ、例があまりにも極端すぎるからなのだが……。では実際の例から見てみよう。冒頭にもあったあの会話。ある休み時間に学生たちがしていた会話だ。ロックだとかアニソンだとかAKBだとか(3分の2がオタク意見なのはとりあえず置いといて)の中に洋楽好きの意見が出ると、突然扱いが変わった。この会話をしていた学生たちはおそらく、イケてない方の学生だ。僕には分かる。同じ匂いがするからだ。男子校で、女子と接することなく、代わりにみんなと仲良く2次元にいるキャラクターに興味を持ち、それがコンプレックスになりなおさら女子と会話ができなくなっていくという負の連鎖に巻き込まれてしまった男子学生だ。気持ちはお察しする。同じ穴の狢だからか、たぶん、ここに秘密が隠されているのかもしれないと感じるのだ。おそらくだが、洋楽も聴くと言ったこの子は、普通に邦楽も聴いていると思うしこのグループにいるということは、少なからず濃いオタクでなくてもアニメは見ているだろうなという感じの学生だ。見た目で分かる。同じ匂いがすら。邦楽も聴くが、敢えて洋楽と言ったのは見栄だろう。自分はこのオタクグループの中でも一線を画す人物だと、君らと一緒にされたくないんだという自己顕示欲もろ出しの意見だと思う。なぜそう思うのか。オタクという生き物は2パターンいる。「オタクであることを誇りに思うもの」と「オタクであることをコンプレックスだと思うもの」だ。このオタクグループもそういう図が出来上がっている。まずアニソンやAKBの曲を聴くと宣言したこの二人はまさしく前者だ。好きなものを好きだと言える本物のオタクである。これは別にバカにしているわけではない。むしろコンプレックスに感じるオタクからしたら羨ましいのだ。胸を張って私はオタクですと言い切れる勇気に憧れる反面、周りの目が気になりひた隠そうとする、逆に陰湿に感じるのが後者だ。ロックだと言い切ったこの子は後者の人間だろう。いや、本当にロックが好きなのだろう。が、アニソンやAKBが好きという二人をどこか鼻で笑ったような、勝ち誇ったような顔をしている段階で、君は後者なのだよ。なぜ分かるのかって? 僕がそうだったからだよ。そして一番面倒なのが、最初に「音楽、何聞く?」と聞いてきたこいつだ。これが一番のコンプレックスの塊だ。このグループはそれまでの会話を聞いていると間違いなくオタクグループである。同じ匂いがする。このメンバーがみんなアニメが好きだという事は彼らの中で共通認識のはずが、なぜか、口火を切った彼だけが一番上にいるような立ち振る舞いをする。「お前らより俺はオタクじゃないから」みたいなオタクのくせにオタクをバカにしたような態度をとっている彼が最もめんどくさい。どうせこの子もアニメやゲームやマンガが大好きなのだ。恐らくアニソンも聴いているだろう。しかし、彼からすれば、自分の好きになったものが残念なことにコンプレックスに感じてしまっているのだ。好きと言えばそれで終わるのに、周りからの反応や女子から気持ち悪がられることの恐怖心に勝てないのだ。「アニメが好きだ、俺はオタクだ」という宣言で、自分の人生も終わると思い込んでいるのだ。だから好きな話ができるグループは居心地がいいはずなのにそこですら、自分好きを100%出せないというジレンマさえも感じていると思う。一度そいう態度をとると、なかなか自分も実は気持ち悪いくらいにオタクですと言い出しづらくなるのだ。当たり前だ。なにせ、そういう人をバカにしているのだから。今さら自分もそうでしたなんて言えるはずがない。プライドが、正直な気持ちを邪魔しているのだ。だから彼は、本気で好きなものを好きと言えず、でもこのグループでしか話ができないことも分かっているというジレンマに挟まれていると見える。だから「洋楽を聴くオタク」を異質なものと捉えて攻撃するのだろう。自分よりも「オタクじゃない感を出すんじゃない。俺が一番オタクじゃないんだから」そんな悲しいプライドが今も見え隠れしていて、昔を思い出してしまう。前の記事でも書いた「サッカーの強豪校に入部するとオタクじゃなくなる」状態と一緒だ。洋楽が好きだという彼がどうこうではなく、それに対して、あーだこーだいう側こそが本当のカッコつけであり、中二病かもしれない。

 

とまあ、こんな感じで僕の経験から勝手に人の話を解析していったのだが、この結論には問題があるのだ。まず、「本当に洋楽好きと名乗る中二病がいる」という事だ。「俺、とりあえずジャズが好きなんだよね」「JPOPとかよりも洋楽の方がカッコいいし」などと話すやつもいる。いや、とりあえずジャズってなんだよ。生ビールみたいな言い方すんな。JPOPもカッコいいわ。洋楽聴くようになったからって邦楽全般をバカにしてんじゃないよ。そう、本当に質の悪いのはこういうやからだ。「洋楽を聴く俺、カッコいい」感を自分だけに留めるなら問題はないのに、それを人に当ててくるのだ。洋楽のカッコ良さを知り、日本の音楽をバカにし出すことがいわゆる「洋楽好きの中二病」だ。これだけはなってはいけない。まだ「右手が……」とか言ってる方が可愛げがあるが、やはり人の好きなものを自分の物差しで測ってバカにするのはよろしくはないと思うのだ。僕自身も「ジャミロクワイ」の「Virtual insanity」という曲がカッコいいと思い、それが好きだというと「メジャーすぎてダメやね」と言われたことがある。ん? 何がダメなの? と本気で思ったが、彼の中では、自分はもっと洋楽を知っているということを伝えたかったのだと今になって思う。そのあとに彼からオススメだと言われた曲を聴いてみると、いやはや意味がわからないものばかりだった。イギリスのまだインディーズのバンドで下手じゃない? と思うようなものばかり。それがどうこうではないが、見栄を張りすぎて明後日の方向に突き進んでる彼を誰か止めてくれたのだろうか……。こんな感じで、本当に洋楽好きの中二病も存在しているのでここは注意しておきたいところだ。

そして、この中二病と思われてしまう問題で僕が最も言いたいことがある。それは、容姿が関係しているということだ。これは非常に考えなくてはいけない問題だ。どういうことか。以前、「人は見た目が9割」という本が新潮新書で出版された。この本は大ヒットし、僕も読んだが、すごく興味深い本だった。そのタイトル通り、人の性格や人格は見た目からもうかがうことができるという感じの内容だ。やはり外見や容姿というのは内面がにじみ出てくるようで、内面にないものを着飾ろうとすると、周囲が違和感を感じてしまうのだ。この内面と外見のギャップが洋楽好きが中二病と思われる問題の鍵になると僕は思うのだ。例えばの話をしよう。すごくハードボイルドな男性が、一人でオシャレなバーでウイスキーのロックを飲みながら、ジャズを聴いているとする。この状況はすごくすんなりと入ってくる気がするのだ。なんというか、男性とシチュエーションが合ってる、マッチしているみたいな。そこでもう一つの例。先ほどのようなまさにオタク! と思える恰好をした学生たちが一緒に家でマンガを読んでいるとする。あまりにも静かなので、音楽をかけるのだが、そのチョイスがジャズだった場合、何か違和感を感じないだろうか。マンガ読むのにジャズ!? となると思う。残念ながら、これは実際にあったことの例だ……。このように、そのシチュエーションだったり、聞く人の恰好や外見は少なからず、いや、大きく中二病と思われるかそうでないかの違いに関わってくると思われる。大学の友人の一人に、ホストみたいなやつがいた。話してみてもチャラくて、誰がどう見てもホストにしか見えなかった。しかし、めちゃくちゃオタクなのだ。アニソンはガンガン歌うし、アニメのキャラの話をすると、ホント引くくらいテンション上がるし、アラームもアニメに登場する女のコの声で「も~。早く起きないとお仕置するぞ!」なんてしてしまってるほどのやつだった。しかし、そんな一面を出さなければオタクだなんて誰も思わないのだ。彼の本性を知らない人からすれば、彼が洋楽を聴くと言えばすんなり受け入れるだろう。しかし、彼と同じ中身で、圧倒的に見た目がオタクな人が、洋楽好きですと言えば信じはするだろうが違和感を感じると思う。洋楽よりアニソン聞いてそうと思われるだろう。そう、これが人の容姿による印象の違いなのだ。やはり、人は見た目が9割なのかもしれないと思わされる例である。洋楽好きが中二病であるか問題は、このようなことも関係していると言ってもいいかもしれない。つまり、洋楽というジャンルは変な偏見みたいなものがあるのではないかと僕は思っている。僕もオタクだし、アニソンも聴くけど、同じように邦楽も洋楽も聴く。吉田兄弟のような津軽三味線だって聴く。僕が学生の頃よりは薄くなったかもしれないが、もっともっと、洋楽を好きという人に対して、みんな優しくなってもいいんじゃないかなと、切に思う。

あの学生は、どんな洋楽聴いているんだろうか。

案外カッコつけ続けるのも大変なのかもしれない

格好いい生き方って、誰もが憧れるし、そんな人生いいなー! なんてよく思ったりする。自分の決めた道を迷わず突き進む人なんて、その代表格と言ってもいいくらいだ。かっこよすぎで、憧れで、自分もそうなれたらいいな、なんて思ってる。

でも、そういう人たちは、本当に迷わず突き進めているのだろうか。自分の決めた道を見失ったりしていないのだろうか。本当は、誰よりも迷って、悩んで、苦しんで、でもそんな弱気な自分を周りに見せたくなくて、必死にカッコつけているんじゃないのか。

だとするなら、カッコよく生きてる人って、案外大変なのかもしれない。

 

友達に、役者を目指した人がいた。それも4人も。いや、先輩や後輩を入れるともっといる。それは割と自然の流れだったのかもしれない。なぜなら、そこのコミュニティが「演劇部」であったからだ。大学を卒業すると、役者を目指す者が多かった。あるものは声優。あるものは舞台俳優。どちらも狭き門だろう。でも彼らは就活などに目もくれず、代わりに膨大な数のオーディションを受けていた。それが彼らの就活だったのだろう。夢を追った彼らは行く場所が決まり、未来の自分への一歩を踏み出していった。しかし、思うようにいかず、死なないように始めたバイトが、いつの間にか生活の大半を占めるようになっていたり、それすらもせず、引きこもるようになったのか連絡もつかない者まで出てきた。

一体、彼らは何をしに行ったのか。そして、私は一体何をしているのか。

表現をしながら生きていく。

目的はかなり明確にある。問題はその手段である。

私の場合、それが舞台に立つことだったり、こうやって文字を書いたりが今私のできる表現方法だ。つまるところ、生きていくということは食べていかなければならない。ということは、プロフェッショナルにならなければならないということだ。

 

私は制作プロモーターの会社で働きながら演劇をしたり、文字を書いたりしている。恵まれたことに、演劇を優先できる会社なのだ。なんという好条件! まあ、それもそのはず、私が在籍している劇団は、同じく私が働いているプロモータ会社の所属劇団だからだ。稽古がある日は稽古を優先できるし、もちろん本番でツアーに行くとなると、私は役者として各ツアー地を回っている。ただし、月給は会社勤めとしては著しく低い。普通にバイトとして入った方が圧倒的に稼げる月なんてザラにある。稽古や公演本番は会社の仕事をしていないから当然である。文句は言えない。

そして私は、会社からある命を受けている。それが「書けるようになること」と「劇団内の制作業務をできるようになること」。

書けるようになる、というのはライティング能力を身に着けることであり、これは私がやりたいことに直結するため、むしろウェルカムである。

問題は二つ目だ。「劇団の制作業務をできるようになること」これがひじょーーーに問題である。なぜなら、これはやりたいことであって、やりたくないことだからだ。意味が分からないと思う。私にも分かんない。分かんないからこうやって文字にして吐き出してるんじゃん。っていうくらい、これについては悩んでいる。劇団制作は劇団を続けていく上で或いは自分が劇団を運営することになったときに必要になることである。だけど、それをしてしまうと表現で生きていくという目的から少しずれたところに行ってしまう気がする。第一、会社はそうは言うが、劇団には劇団の代表がいて、全決定権はその彼にあり、私の発言力は彼によって無効化されることが多い。私の劇団での歴が浅い分、何にも知らないのに的な空気を出してくる。

そう、私は板挟みなのだ。

劇団制作をするためにはまず、発言力を高めないといけない。そのために私はライティング能力を誰よりも伸ばして、それを武器に公演の広報戦略を成功させるという方法をとることを考えたわけだ。しかし、ライティング能力の成長もそうだが、役者としても成長しなくてはならない。手段のベクトルが、一個多いのだ。私は器用じゃないので二つをそつなくこなすのは厳しい。全力でやって、やっと、「頑張ったな」と言われる程度だ。そんな私が役者もプロでライティングもプロで、そして劇団制作までしっかりとやれと言われ、1個でヒイヒイ言ってるのにできるかバカヤロウ!! なんて、自分が決めた道に泣き言を言っている。あげくには、こんな記事を書いて愚痴ってしまっている。最初の方には、同じ志を持った仲間に、何をしに行ったのかなんて、まるで自分が成功者みたいな言い方をしてしまっている。同じところにいるのに。そう、私も同じなのだ。こんなに弱音を吐いて、自分が決めた道に泣き言なんて言って、迷って、悩んで、不安で、どうしようもなくなってしまう。でも、後輩が私たちの後姿を見て、盛大にカッコつけた良いとこしか見せてない張りぼての背中を見て、「自分たちも頑張ろう!」なんて少なからず思っちゃてるんだから、泣き言とか言ってられないし、弱いところなんて見せられるはずがないのだ。自分の決めた道に迷わず突き進むカッコいい人物を演じ続けなければいけない。じゃあ止めるなんててはどうだろうか! そんなこと、もっとできるはずがない。プライドだけは一人前なのだ。厄介なものだ。自分でも面倒な性格だと感じるし、どうしようもない奴だとも思う。でも、向き合っていくしかないのだ。泣き言言いながらでも、弱音吐き散らかしながらでも、迷って、悩んで、不安に押しつぶされそうになりながらも、必死にカッコつけて前に進むしかないのだ。

自分がそう決めたから。プロとして生きていくということを決めたから。

カッコつけるのも、案外大変だ。